カーバンクルとドルシネア(24)
“次の満月の夜……泥棒めと遊んでいただきたく、招待状をお送りした次第です。
場所はスコルティア、ディテクションクラブ・コレクションルーム。
あなたには1つ、謎解きの宿題をお出しいたします。
見事に正答に辿り着けたなら、素敵な素敵な夢を見せて差し上げましょう。
当日お会いできることを、心より楽しみにしております。
グリード”
中央街の宝飾店での一件から、塞ぎ込みがちのシャーロット。しかしそんな彼女を奮い立たせるかのように、文机に忽然と謎めいた封書が姿を現す。そこはかとない緊張感を強要してくる封書を開ければ、恋焦がれていた怪盗紳士からの招待状が顔を出した。
いつ、誰が……どうやって? この招待状が現れるまでは、朝食時のわずかな時間しかなかったと言うのに。しかし、そんな謎さえも早々に記憶の彼方に追いやって、何故か招待状に鼻先を近づけては、フンフンと香りを嗅ぎ始めるシャーロット。彼女は恋愛マニアであると同時に、インクの匂いフェチでもあるらしい。紙の繊維に微かに残るレモンのような柑橘系の香りに、僅かばかりにウットリとしてみては……怪盗紳士もなかなかやるわね、とますます興味を唆られる。どうやら、例の怪盗紳士は香り付きインクを使う程に、文房具にもそれなりの拘りがあるようだ。
(この香り付きインク……お祖父ちゃんのお店にもあったような……)
シャーロットの祖父、ヒュー・ヘルバン・ベントリーはディテクションクラブの会長としての顔だけではなく、老舗レターグッズ専門店のオーナーとしての顔も持ち合わせていた。そんなインクとシーリングワックスを豊富に取り扱う高級店をあろうことか、幼少のシャーロットは遊び場代わりに駆け回っては、父親に大目玉を食らっていたのだ。
ちょっとだけ酸っぱい記憶を思い起こしながら、久しぶりにお店に行ってみようかと考える。考えたら、祖父自身はロンバルディアに拠点を置く文房具メーカーの社長なのだ。住まいこそスコルティアにあるが、日中はこちらにいるはずなのだし……と考えては、久しぶりに祖父に会いたくなるシャーロット。折角だから、今日はブランジュリー街から少し足を伸ばしてみようかな。
***
【それで? シラベモノはスんだか?】
「えぇ、バッチリです。流石、中央図書館は蔵書数の桁が違います。これだけ判断材料が集まれば、後は裏を取るだけです」
【それにしても、さっきのハイタツのヤリクチは、アブなっかしいキがする。いつも、あんなカンジなのか?】
「もちろん。人を驚かしてエンターテインメントを提供するのも、紳士の嗜みですよ」
【そうイウものか? それにしても……ここのゴーフル 、ウマい。サクサクかんとシットリさがゼツミョウだ】
昨日の報酬もあって、少しばかり余裕があるのだろう。上機嫌の飼い主に懸念事項を呟きつつも、自身もペット同伴可のカフェで美しいと誉めそやされれば、悪い気はしない。そんな散歩途中の休憩にモーニングコーヒーと、愛犬用のゴーフルをめいめい頂きながら、ヒソヒソとやりとりをするラウールとジェームズ。
「おや……ジェームズはなかなかにグルメなのですね。……お代わり、お願いしましょうか?」
【ハウン!】
ハフハフと夢中でゴーフルに齧り付く愛犬の素直な姿に、よしよしと頭を撫でてはコーヒーとゴーフルの追加注文をするラウール。その合間に……図書館で借りてきた3種類の推理小説をテーブルに並べてはマジマジと、とある部分を読み比べ始める。
【……それ、サクシャがバラバラだな。ナニか、イミはあるのか?】
「大アリです。この3冊は作者は異なりますが。この3名には、ディテクションクラブ会員であると同時に、ロンバルディア王立大学附属のリセ出身者という共通点があるのです」
とある部分……作者紹介の項目を並べてみれば、確かにそこには「ロンバルディア王立大学附属 リセ修了」と記載されている。しかし、その後にきちんとロンバルディアでバカロレアまで進学したのは2名となっており、残りの1人はリセ修了が最終学歴となっていた。
【こいつらはゼンイン、リンゴクのシュッシンみたいだな。……スコルティアの学生がどうして、ロンバルディアのガッコウにキテいたんだ?】
「……ロンバルディア王立大学は、この近隣国家のどの学校よりも難関校と専らの評判なのです。そんなロンバルディア王立大学で文学士号を取得したとなれば、多少の畑が違えども、まずまず就職に関しては苦労しないでしょう。現に……ほら、ホッジス・グラメル氏は蒸気自動車会社社長ですし、ルセデス・メーニャン氏は推理小説家としてだけではなく、ジャーナリストとしても著名なようですね。最も権威のある賞の1つとされる、アンラリア賞を受賞している時点で、相当の実力派だと思われます」
バカロレア修了者でもある2名の紹介欄には、華々しい経歴がつらつらと記載されている一方で……残りの1名の経歴は今ひとつパッとしない。著作数こそ、他の2名よりも多いものの。同時期にディテクションクラブに入会している割には、完全に出遅れている感がある。
【ナルホドな。きっとナカがヨかったはずの3ニンなのに、ヒトリだけこれでは……ラウールみたいにスネそうだな、ヘンリーシは】
「俺みたいに、は余計ですよ……ジェームズ」
そんなことをやりとりしている内にホカホカのゴーフルが運ばれてくるので、休憩も仕切り直しましょうと、人と犬とに戻るラウールとジェームズ。愛犬にさり気なく、やり込められた気がしないでもないが。今朝の収穫は上々とあれば、香り高いコーヒーを楽しむのにも事欠かない。




