カーバンクルとドルシネア(23)
「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ、ムッシュ・ベントリー」
「お邪魔するよ。日が落ちかけてもこの暑さでは、いよいよ参ってしまいそうだね」
「えぇ、本当に。毎日こうも暑いと、太陽に嫌気が差してしまいそうです」
閉店間際のアンティークショップ。ようやく太陽が攻撃の手を緩め始めた夕刻に、玉のような汗を額に輝かせるベントリーを迎え入れるラウール。そうして、息を整えるのに苦労している老紳士に椅子とアイスコーヒーを勧めては、一息つくように促す。そうされて、彼の方もかなり落ち着くものがあるのだろう。出されたアイスコーヒーをゴクリとやった後、ご用件を済ませましょうとばかりに、懐からビロードの巾着を1つ差し出した。
「これで、大丈夫そうかね?」
「えぇ。金額もピッタリですし、問題ありません。……では、こちらは預からせていただきますね」
「うむ、よろしく頼む。しかし……この金額には、君への手間賃は含まれているのかね?」
「へっ?」
どうやら彼自身は読み通り、かなりの資産家らしい。依頼内容の割には、高額だと思われる報酬をこうして耳を揃えて用意してくるのだから……会長の肩書を抜きにしても、生活には余裕もあるのだろう。その上、ラウールへの報酬にまで気をかけてくる、この周到さである。常識の搭載具合も去ることながら、そんな質問を投げてくる時点で、追加の金額さえも支払ってくれそうな勢いだ。
「お気遣いありがとうございます。しかし、俺はただ渡りをつけるだけの伝令役ですので。この程度のお仕事でお駄賃を貰うつもりもありません。それに……」
「それに?」
「あの怪盗紳士の片棒を担ぐのは、ご勘弁願いたいですね。彼の取り分から分け前を要求したら、その時点で共犯者確定です。今でさえ、妙に首を突っ込まされていて迷惑だというのに。まぁ、それに関しては愚痴をこぼしても仕方ありませんか。少なくとも、俺の報酬はお気になさらなくて結構ですよ。……こうして家族とひっそり店を続けられれば、それで十分ですから」
「ほぉ。そういうものかね?」
「えぇ。そういうものですね」
何を白々しい……と心の中で自身の嘘に呆れながらも、ちょっとした本心を吐露すれば。いかにもらしいラウールの釈明に、ベントリーが感心したように息を吐く。そして……少しばかり寂しそうに、彼は彼の方で本心を吐き出し始めた。
「正直な所、ワシは先代のお遊びが羨ましくてね。無論、趣味とは言え……推理小説愛好クラブの会長に身を置いている以上、ワシも推理小説は大好物だ。しかし、歳も歳だからいくら推理好きでも、先代のように怪盗紳士と知恵比べをするなんていう、無茶はできん。だから……彼のように若い時から怪盗紳士と関わっていればもう少し、今の椅子に座っている事も楽しめたのだろうと、つくづく思うよ」
「と、いうことは……ムッシュはディテクションクラブの会長になりたくてなった訳ではない、ということですか?」
「あぁ……本音を言えば、そんなところかな。その辺りはアントニー……先代の家庭の事情も絡むから、口外もできんが。親友逹ての願いとあらば、首を振らないわけにもいかなくてね」
おそらく、何気なく彼はポロリと先代のファーストネームを口にしたのだろう。それに彼のことを親友と呟く時点で、あの懸賞金は1つの手向の形だったのだろうと確信する。
(家庭の事情……ですか。そのご事情はきっと……)
ご子息がらみの事に違いない。と、なると……やはり、この場合はヘンリー氏の身辺をゴシゴシと洗った方が良さそうだ。
頭の中でそんな事を考えながら、珍しく得意客をドアの外までご丁寧お見送りするラウール。報酬だけではなく、ちょっとしたヒントを残してくれた老紳士相手であれば、このくらいはしてもいいだろうと……どこかで見せつけられたサービス精神を少し発揮してみるのだった。




