カーバンクルとドルシネア(22)
「お帰りなさい、ラウールさん。スコルティアはいかがでしたか?」
「ただいま、戻りました……。結構、疲れましたねぇ。気候もよくない上に、少々空気も悪い」
留守番を押し付けられたことに怒るでもなく、しっかりと店内の掃除と商品の手入れをしていたキャロルが出迎えてくれる。そんな相棒の姿に、荒んだ心が休まるのを感じては、やっぱり閑古鳥が鳴いていても自分の店が一番だと……帰ってきただけで変な安息を覚えるのだから、不思議なものだ。しかし……。
【ラウール、カエってきた。キャロル、おサンポ! おサンポ!】
「そうですね。今度は私達が出かける番ですよね。ということで、ラウールさん。お留守番、お願いします」
「えっ? いや、俺は少しばかり君と話したいんだけど……ダメかな?」
どこか懇願めいた希望を呟くラウールを、1人と1匹で申し合わせたように素気無く受け流すと……行ってきまーす、と彼を置き去りにして出かけて行ってしまう、キャロルとジェームズ。ソーニャはソーニャで段取りに出かけていたはずだし、この場合は自分がお留守番するしかないのだろうが。突然の置いてけぼりの状況が殊更、辛い。
(……やっぱり、今日は休業日にして一緒に出かけるべきだったかな……)
馬車を借り切ればジェームズと一緒の移動も可能だし、場合によっては観光も兼ねて外泊でも良かったのかも知れない。しかし、今の段階ではそれができない事情もあったため……今回は仕方なしに単身で出かけて行ったのだけど。その結果、1人きりのノスタルジアに襲われるなんて、思いもしなかった。
(仕方ありません。報酬のお返事を待つついでに、情報を少し整理しますか……)
帰り際に渦中のディテクションクラブへ寄ってみると、ご丁寧にも展示スペースにパンフレットまで用意されていたものだから、1部を持ち帰りつつ……受付兼・学芸員にお話を伺ったところによると。どうも、ディテクションクラブへの入会には明確な基準はないが、それなりに推理小説の知識と愛が要求されるものらしい。会長自身の影響力は思ったよりも少なく、クラブへの入会には他メンバーの推薦や意向の方が遥かに重要視される。つまり……ヘンリー・ベルカン氏の入会は、かつての会長の息がかかっていただけでは片付けられないものがありそうなのだ。
何せ、彼の著書はあの出来である。小説への愛のレベルはともかく……小説への知識レベルは低いと見ていいだろう。そんな彼を他推する物好きが、格式高いディテクションクラブのメンバーにいるとも思えない。
(探究心と冒険心……ですか。畑は違えど、騎士道と推理小説の根本はあまり変わらないのかも知れませんね……)
手元のパンフレットには、とっても素敵なキャッチコピーが洒落た書体で踊っているが。過干渉と無鉄砲を見事に発揮しながら、現実を慮る事を忘れてしまったドン・キホーテを思い起こし、やれやれと首を振る。
やはり、小説と現実の境はしっかりと自覚するべきだろう。いくら自身が現実離れしている存在であるとは言え……非常識についていける程までには非凡でないのも、有り余る程に現実でしかなかった。




