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カーバンクルとドルシネア(18)

 擦ったもんだはあったけれど。浴室で不機嫌も洗い流してきたソーニャとキャロルが揃ったところで、仕切り直しと相成る、お誕生会。主役でもある現状(パーティハット込み)の見た目が間抜けな兄弟達のために、ソーニャがケーキの蝋燭に火を灯す。そんな彼女に促されるまま、フーッと頼りない火を消せば。一瞬の暗闇と一緒に、暖かい拍手が彼らを包んだ。

 誕生日なんて、自分には無縁だ。特に、イチゴのショートケーキは()()()()()()()()が思い出されて、甚だ不愉快だ……なんて、思っていたのに。それなのに……自分にも用意されていたプレゼントをキャロルから手渡されれば、憎たらしいはずのケーキもどこかいつも以上に誇らしげに見えて。今の自分の感情を示す言葉を見つけられないまま、渡された包みをゆっくりと剥がす。


「……これは……マグカップですか?」

「そうですよ? ほら、ラウールさん……いつも白いマグカップを使っているけど、洗うのを面倒臭がっているでしょ? だから、コーヒー渋がべったりついていますし。黒いカップだったら、少しは汚れも目立たないかなと思いまして」

「そう、でしたか……。うん、そうですね。この色であれば汚れも目立ちませんし……いつも以上にコーヒーが美味しく頂けそうです」


 気に入りましたか? ……なんて、ちょっと不安そうにしているキャロルに対し、少し恥ずかしげに小さく「ありがとう」と答えるラウール。正直に言えば、気に入ったどころではなく……そんな風に彼女が自分の面倒臭がりな部分と、コーヒーの頻度をよく把握していることに、頭が上がらない気分にさせられる。ついこの間、モーリスからキャロルにも贈り物をした方が良いなどと言われていた手前、その観察眼はどうすれば養えるのだろうかと、思わずにはいられない。

 そんな事を真剣に悩み始めたラウールの一方で、モーリスは趣味にピッタリと寄り添う贈り物をもらえた様子で、いつになく満足げだ。偶然の一致か、はたまた、花嫁の直感か。さっきのネクタイへの当て付けにしか思えない、チョイスではあるものの……これは、どう頑張ってもソーニャの()()だろう。


「さ! という事で……お待ちかねのケーキを配りますね。ジェームズはどうします? 食べられそうかしら?」

【ケーキ、ダイジョウブ。ジェームズ、モトにんげん。タマネギとブドウでなければ、タベル】

「……それ、ドップリ犬の味覚じゃないですか……。ケーキなんて味が濃くて油っぽい物を食べて、本当に平気ですか? お腹を壊しても、知りませんよ?」

【ジェームズだけナカマハズレ、クヤシイ。ケーキ、タベル!】


 満を辞してソーニャが配り始めたケーキを、食べると主張しては譲らないジェームズ。ケーキだけではなく、ちゃっかりとローストビーフにマッシュポテトまで取り分けてもらっては、こちらはこちらで満足げだが……体は犬のものなのに、中途半端に人としての感性を残しているのは、少し危険な気がしないでもない。本当にお腹を壊さなければ良いのだが。


(とは言え……確かに、仲間外れは悔しいでしょうね……)


 モーリスには用意されているプレゼントが自分にないのは、とても辛いに違いない。おそらく言葉では平気だと強がるだろうが、内心はガサガサに荒れ放題だったろう。近々大暴れ(仕事を)する予定を控えているとは言え、それまでの鬱憤をどうやり過ごせば良いのかさえ、うまく見つけることもできないに違いない。そんな事を考えては……去年の誕生日はそれらしい事をしなくても平気だったのに、とぼんやりと思いあぐねる。


 この「平気じゃない」感情は間違いなく、弱点にもなり得る重大な欠陥でしかない。それなのに、()()が今の自分には、何よりも必要なものにも思えてならない。その証拠に……事あるごとに意地悪く囁いてきた核石は騒ぐこともなく、今夜は大人しくひっそりと鼓動し続けている。身を蝕むこともなく、身に爪を立てることもなく。……あまりの穏やかな様子に、不気味さを感じる程だ。


(……最近はエリクシールに頼る頻度も減っていますし、傾向としては()調()なのでしょう)


 人間に戻るのには何もかもが足りないけれど、人間には戻れなくても現状は確かに満たされている。

 自分専用のマグカップと、目の前にいつも以上に偉そうに鎮座しているショートケーキとを、交互に見つめては。満たされていく何かが分からないなりに、今年の誕生日は決して悪くないと……早速、明朝のコーヒーがいつも以上に楽しみなラウールだった。

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