カーバンクルとドルシネア(17)
「遅いですよ、兄さん……」
「ご、ごめんよ、ラウールにジェームズ。僕も早く帰れるように、努力はしてみたんだけど……」
【モーリスワルくないの、ワカってる。だけど、これはケッコウキビしい】
きっと、無理やり被せられたのだろう。ラウールとジェームズの頭に、バカに陽気なパーティハットが乗っているのを認めて、思わず戦慄するモーリス。しかし、こればかりは仕方ないと、弟達の不服そうな顔を尻目に持たされたプレゼントの箱をドサリと足元に下ろす。
お誕生会に招待してもらえないのなら、お誕生会を開いてあげましょう。そんなあまりに差し出がましい上司の提案に巻き込まれに巻き込まれて、こうも大荷物を作られては迷惑極まりない。しかも……。
「こっちはヴィオレッタ嬢からラウールへ、だそうだ。これでも、帰りの馬車への同乗はなんとか阻止したんだぞ?」
「それはそれは……兄さん。その部分に関しては、上出来です。しかし、お誘い自体を強引に振り切れなかったんですか?」
「無理を言うなよ……。あれでも、僕の上司なんだから。仕事に熱意がない分、権力への執着心は旺盛なんだよ」
【……そんなんで、よくケイカンがツトまるな。セイジカにでもなったホウが、ヨカッタんじゃないか?】
それは言えてますね……なんて、ジェームズの皮肉に同意し、肩を竦めるラウール。
悲しいかな、ここロンバルディアの政治家は役に立たないというのは常識であり、彼らの無能ぶりが目立つお陰で例の怪盗紳士の仕事がしやすい側面があるのは、否めない。
泥棒はどこまでも、紛れもない犯罪。しかし、彼のターゲットが気に食わない政治家や権力者であれば殊の外、市民達はすんなりと受け入れる上に、肯定さえしてくれる。殊、ロンバルディアにおいて政治家みたいだ……とか、政治家に向いている……というのは、暗に無能であることを揶揄するスラングでもあった。それはある意味で、市井の愛情の籠もった叱咤であり得るだろうが。……大抵は相手を小馬鹿にしているだけの、被搾取階級の余興の一部でしかない。
「ところで……ソーニャ達は?」
「浴室ですよ。待ちくたびれて、先にお湯を頂くことにしたそうです。ですので……兄さん。はい、これ」
「……僕も被らないといけないのか……?」
【アタリマエだ。モーリスだけカブラない、ズルイ。ジェームズもちゃんと、ガマンしている】
弟と愛犬に仲間入りを強要され、ため息と一緒にパーティハットを頭に乗せるモーリス。そうしていそいそと、とりあえず、ブキャナン警視の贈り物を開けてみるが……彼のセンスにいよいよ、吐き気がしそうだ。
「……なんですか、そのバカに派手なネクタイは。真っ赤なネクタイをするのは、それこそ……政治家くらいなものですよ」
「そうだよな……。少なくとも、警察官が普段使いにする色じゃないよな……」
【アカいネクタイは、リーダーシップのイロ。だけど、マッカなネクタイはワルメダチするし、スーツにアワセルのもムズカシイ。セメテ、エンジイロだったら、ヨカッタのに】
この場合は、ソーニャ達のプレゼントに期待するのが賢い選択だろうと思うものの。相手が職場の難物上司となれば着けて見せない限り、納得もしないだろう。そんなあまりに理不尽な贈り物に、頭を痛めるモーリスの前で、もう片方の贈り物を開け始めるラウール。しかし……。
【ナンダ、コレは。ぬいぐるみか?】
「箱の大きさから、妙に嵩があると思いましたが……これはどういう意味なのでしょう? 俺にはお人形遊びの趣味はそもそも、ありません。何か、妙な勘違いをされて……って。お手紙が入っていますね。えぇと、なになに……?」
贈り物の方向性が見えないまま、手元の手紙に目を落とすラウール。しかしそんな彼の顔が、贈り物の可愛らしさとは裏腹に、みるみる渋くなっていく。
「ど、どうしたんだ、ラウール?」
「兄さん。このお人形は……ヴィオレッタ嬢を模して作られたものだそうです」
「はい?」
「ここには、こうあります……。このお人形を私だと思って、可愛がってください……それで本物が欲しくなったら、遠慮せずにお返事を……って! 何て、気色の悪い事を! そんなの、死んでも御免です! あぁぁぁぁ! なんか、こう……ゾワゾワする! 気持ちが悪いにも、程がありますッ!」
珍しく大声を上げながら、彼女の存在そのものを拒絶せんとばかりに、お人形を乱雑に箱に戻すラウール。一方で、そんなお人形にジェームズは興味津々らしく……何やら本能が赴くままに閃いた妙案を、彼に提示し始めた。
【ラウール、このニンギョウ、ジェームズがモラッテいいか?】
「おや……ジェームズはお人形遊び、するのですか?」
【このソザイカン、カミごこちがヨサそうだ。サイキン、ナニカをムショウにカみクダキたいトキがあるし、それ……ちょうどイイ。ジェームズにクレ】
愛犬の提案に渡りに船とばかりに、彼に事もなげにお人形を手渡すラウールと、早速フガフガとお人形に牙を立て始めるジェームズ。うちの犬がお人形をダメにしてしまいました……とでも言えば、言い訳としては通用しそうだが。いくらなんでもこの扱いはないのではないかと、変な方向に満足げな弟と愛犬の姿を見つめては、何故か心の中でヴィオレッタ嬢に詫びを入れるモーリスだった。




