カーバンクルとドルシネア(14)
「ソーニャさん、ところで……どこに行くのですか? ジェームズの散歩にしては、遠くまで来てしまった気がしますけど……」
【ジェームズはナガいサンポ、キライじゃない。ドコまでも、ツイテいくぞ】
「ありがとう、ジェームズ。それにしても……全く。ラウール様はそんな大事なこともキャロルちゃんに話していないのですね。今日はご自分達にとって、大事な日のはずなのに。本当に、何を考えているのかしら?」
結婚資金を口実に仕事をこなしてきたというソーニャに、勢いで誘われるがまま買い物に繰り出したキャロルとジェームズだったが。ソーニャには余程、大切な用事があるらしい。やや不機嫌そうに頬を膨らませながら、いつも通りにラウールを詰って見せる。
「あの……一体、何がでしょうか?」
「えぇ。実は……今日はモーリス様とラウール様のお誕生日なのです」
「そ、そうだったのですか⁉︎ ラウールさん、そんな事は何1つ言っていませんでしたけど……」
「でしょうね。まぁ……カケラの誕生日はあってないようなものですから。私自身も一応は6月生まれとされていますが、それもムーンストーンが6月の誕生石だからという、迷信に擬えただけの不明瞭なものですし。ただ、モーリス様とラウール様は特別な存在でもありまして。彼らの場合は、しっかりと誕生日が分かっているのですよ」
本来はあり得ないはずのカケラの出産。その出産も作られたものであったとは言え、パーフェクトコメット……イヴの母性は本物だった。ソーニャがヴィクトワールから教えられたところによると、テオのプロポーズを受けるにあたって、彼らの誕生日をしっかりと祝う事をイヴは条件としていたらしい。
そんな彼女にとって、第一条件だったはずの誕生日を無視することは……モーリスの花嫁を自覚しているソーニャには到底、できないことだった。
「ですから! モーリス様に素敵なお誕生祝いのプレゼントを探そうと思って、ちょっとお金も稼いできたのです」
「……どうしよう。私はそんな事を知らなかったし……う〜んと……」
「あぁ、大丈夫ですよ。私としてはモーリス様第一ですが、きちんとラウール様の分も考えてあげます。それでなくても……あの性格ですからね。自分の分はないと分かったら、拗ねに拗ねて、再起不能なまでに捻くれてしまうでしょう。それだけは避けないと」
【そいつはイえているな。モーリスはスナオでいいヤツだが、ラウールはかなりヘンクツだ。ヤサシイぶぶんもあるけど、アツカイにくいのもマチガイない】
トドメと言わんばかりに、タンカラーを曲げながらジェームズが呟けば。ソーニャとキャロルも納得だと言わんばかりに、クスクスと笑い始める。
(……そっか。ラウールさん……8月生まれだったんだ……)
あの冷たさに、夏の情熱と陽気さはなさそうだが。そのひねくれ加減も出自を考えれば、仕方のないことなのかもしれない。そんな事をぼんやりと考えながら、ラウールには何を贈ればいいのかを考え始めるキャロル。お小遣いはそれなりに残っているものの。相手が相手だけに、資金以前に品物選びの難易度が高い気がする。
「ところで、ソーニャさんはモーリスさんに何を贈るつもりなのですか?」
「えぇ、ジレとアスコットタイを新調してあげようかと思っています。一応、ラウール様との共用はないみたいですけど……たまに同じような格好をしている時があるので、ハッキリと区別できるようにしようかと」
「そ、そうなんですね……。えぇと……それじゃぁ……」
ソーニャの品物選びの指標を聞いた上で、更に悩み出すキャロル。おそらく、洋服に関してはモーリスよりもラウールの方が気を使っている気がする。ソーニャは同じようなものを身につけている時があると言ってはいたが、ラウールは最低限の接客業を意識してはいるのだろう。くたびれてヨレヨレで帰ってくるモーリスと比較しても、ラウールの着衣にはあまり崩れた部分はない。おそらくラウールには、衣装選びには明らかな基準があるのだ。だとすると、彼の好みもあまり分からない以上、タイはともかく……面積の大きなジレを贈るのは、やや危険な気がする。
「でしたら、私はラウールさんにカップ類を選ぼうかな……。日用品だったら、あまり文句を言われないと思いますし……」
「まぁ! 贈られた物にケチをつけるなんて、流石にそこまではないと思いますけど……。あぁ、でも。ラウール様の方はその辺り、うるさいかも知れませんね。贈り物でも、好みに合わなければ平気で気に入らないとか、おっしゃいそうですし」
【それはアリエるな。ラウール、イロイロとウルサイ。キニイラナイ、はっきりイイそう】
「……ですよね」
三者三様にラウールの難癖を想像しては、苦笑いしかできない。それでも、今日は彼らの誕生日。帰りに忘れずにショートケーキも買って帰りましょうと言うソーニャの提案にも、最大限の賛成を示しながら……今からラウールの反応を予測しては、少しだけウキウキし始めるキャロル。自身は誕生日などというものを意識していなかった手前、無縁だったはずの記念日が身近にあることがどことなく、カケラにもそんな楽しみを許されている気がして。ほんのり安心してしまうのだった。




