カーバンクルとドルシネア(13)
「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ、ムッシュ」
「あぁ、今朝も暑いね。例の返事を伺いに来たのだが……いかがかね?」
「えぇ。彼の方も意外と乗り気みたいでして。きちんと条件を提示してきました」
約束通りにやってきた依頼主に椅子を勧めながら、お仕事の条件を提示し始めるラウール。盗難経路の調べがついていない以上、あまり安請け合いはできないが……少なくとも、次の満月までには片が付くだろう。そんなやや楽観的な皮算用を織り混ぜながらも、目の前の老紳士に怪盗紳士の返事を伝えてみる。
「彼からの条件は3つ。まず、報酬額は金貨5枚。もちろん、これは2つ分の依頼料込みの金額です。ですので、この金額をご用意いただき、今週末までにお返事ください」
「承知した。それで……あと2つの条件は?」
「2つ目。報酬額をお持ちになれない場合は、その場でキャンセルといたします」
「なるほど。彼への依頼は完全に前払い制なのだね。……ホワイトムッシュからもそんな話があったが、彼は随分と用心深いようだ」
2つ目の条件もあっさりと飲み込みそうな勢いで、朗らかに目の前の老紳士が答えるが。会話に突如現れた登場人物の名前に少しばかり、訝しげに思うラウール。そもそも……どうしてスコルティア在住のはずのベントリー氏が、彼の雇い主と知り合いなのだろう。
「そう言えば……ベントリー様はどこでホワイトムッシュとお知り合いになったのです? 彼は一応、ロンバルディアに拠点を置くとされている、秘密結社の元締めですよ? それこそ、特定のルートを辿らない限り、コネクションを持つこともできないと思いますが」
第一、俺自身も会った事はありませんし……等と、しらばっくれながら肩を竦めてみれば。ラウールの当然の質問にも、明朗に答えるベントリー。
「先代の人脈を有効活用した結果……だろうかね。と、言うのも……先代のディテクションクラブ会長は事件とあらば、自ら捜査に乗り出す物好きだったようでな。たびたび、例の怪盗紳士に逆に挑戦状を出しては彼と知恵比べをしていたようなのだ。ホワイトムッシュとも、その交流の際に知り合ったらしい」
「そうだったのですか。ふ〜ん……あの怪盗紳士が推理小説マニアの会長さんと知恵比べ、ですか……」
彼の言う怪盗紳士も間違いなく、先代の方だろう。
先代のグリードは書斎に推理小説やミステリー小説をズラリと並べていたのを見ても、自身も相当の推理小説マニアだったのだろうと思う。実際に、モーリスとラウールの名前は迷惑にも、とある怪盗ものの小説から引っ張ったものなのだし、彼自身がその主人公に憧れていた部分もあったのだろう。
そんな憧れもひっくるめて、出で立ちさえも意匠として引き継いでいる身としては、先代の知恵比べさえも引き継がなければいけないように思えて……かなり不服だ。
「それで? 3つ目の条件は?」
「あぁ、失礼いたしました。3つ目の条件は至極シンプルです。例のお嬢さん……シャーロット嬢に、一緒にちょっとしたゲームで遊んで欲しいのだそうです。彼は常々、遊び好きな奴ですから。そちらの詳細に関しては、彼女宛に予告状を出すと申していましたよ」
「それはそれは……やはり、天下の怪盗紳士は小粋な真似をしてくれる。それであれば……シャーロットの最後の夢にもさぞ、お誂え向きだろう」
そうして終始、にこやかに応じながら……前向きに検討すると返事をしつつ、店を後にするベントリー。彼の背中を最後まで見送った後で……さて、と嘆息する。ようやく帰ってきたと思った矢先に、慌てて出て行ったソーニャと、彼女に伴われて出かけて行ったキャロル達が帰ってきたら、調査を再開しよう。そして、その道筋をちょっとした余興に仕立てれば。ドルシネア姫の存在はどこまでも幻想なのだと、夢見がちなドン・キホーテもスッキリ目覚めてくれるだろうか。




