カーバンクルとドルシネア(12)
問題はカーバンクルがスコルティアからロンバルディアへ、どのようにやってやってきた……か。
ラウールが難しい顔をしながら、いつものテーブルで考え事をしていると、モーリスが話しかけてくる。おそらくモーリスとしても、夕飯のお仕置きスープの辛さが堪えたのだろう。しっかりと2人分のカフェオレを用意しながら、向かいに腰を下ろした。
「どうした、そんなに難しい顔をして。また、キャロルちゃんと喧嘩でもしたのか?」
「……別に、そういう訳ではありませんよ。今回はちょっとキャロルのご機嫌を損ねてしまっただけです。それに……そちらに関しては、ジェームズからちょっとした知恵も授けていただきました」
「知恵?」
中身は壮年の叔父様という事もあり、見た目は犬でも独自の恋愛観念はあるらしい。特にジェームズは恋愛に関して、筋金入りの平和主義者の姿を間近で見てきたとあって……生前は父に負けず劣らず、かなりの恋愛上手でもあったようだ。
「ジェームズによると、女性に接する時はとにかく気づく事が大切なのだそうです。特に、外見の変化や感情の起伏にきちんと気づいて、さり気なく慰めたり、しっかりと褒めたりするのが効果的なのだとか。とは言え……」
「それ、かなり難しいと思うけど……」
「ですよねぇ……。相手の気持ちを考えるのって、本当に苦手です。……今まで、そんな事を考えてもみませんでした」
尽く興味のない相手には無関心を貫いてきたラウールにとって、今更相手の気持ちを慮るのは難しい。それでもこうして悩み、誰かに相談を持ちかけている時点で……彼はキャロルに関して、無関心でいるつもりもないのだろう。そんな弟の成長を目の当たりにして、いい傾向だとモーリスの口元はつい、緩んでしまう。
「……兄さん、何がそんなにおかしいのです」
「別に?」
兄の意味ありげな微笑みに、不服とばかりに頬を膨らませては、カフェオレもしっかりといただくラウール。普段はブラックで、と……大人を気取るクセに、お仕置きの余韻が抜けない今の彼には、ミルクの優しさがちょうど良い。
「……まぁ、兄さんの不気味さはさておいて。実は少々、困っている事がありましてね」
「不気味で悪かったな。しかし……困っている事があるのか? どんな事だ?」
「実は、とある方から彼宛に依頼があったのですが、そちらの調査が難航していまして。手がかりの糸はまだ切れていないのですけど、少しばかり不可解な部分が多いんですよね」
「向こう側への依頼となると……探し物か、宝石絡みの依頼なのか?」
そうなんですよ……と肩を竦めながら、ラウールがさも困ったと呟くところによると。
迷探偵さんのお祖父ちゃんの依頼のうち、カーバンクルの盗難経路を探る方が難航しているらしい。彼自身は女性を振るのには長けている手前、そちらは難なくクリアできるだろうが、足取りを辿る方は少しばかり難易度が高い。それでも、依頼は両方きちんと受けるつもりだと意地悪く微笑むラウール。そんな弟の様子に……本当に性懲りのない奴だと、モーリスは内心でため息をつく。
「全く。お前はどうしてそう、自分の興味を優先するんだろうな? そんなにシャーロットちゃんをガッカリさせたいのか?」
「えぇ、えぇ。それはもう。依頼で正式に気に入らない相手を凹ませられるのですから、願ったり叶ったりです。しかも、嬉しい事に報酬付きですよ。……今日、キャロルに前借りを怒られたばかりですし、折角です。ちゃんと、美味しい依頼でしっかり稼がせていただかないと」
そうしていよいよ、面白そうに腹を抱えながらクスクスと笑う弟の瞳に……確実に拗ねている雰囲気を嗅ぎ取るモーリス。昨晩はカウンター下で眠っていたジェームズがキャロルの部屋で眠っている時点で、おそらくラウールは彼女に締め出しを食らったのだろう。
キャロルと喧嘩はしていないと言い張るラウールだが、お仕置きスープのあの辛さからするに、彼女の不機嫌はかなりのものに違いない。そんな仲違いを喧嘩と言うのだと……モーリスは内心で思いながら、最後に1つアドバイスを与えてみる。自分も恋愛は得意ではないが、少なくともラウールよりはまだマシだ。
「なんだかんだで、お金は大事だからな。これから一緒に暮らして行こうと思うんだったら、互いにルールを決めて気をつけないと。それと……」
「それと?」
「たまにはプレゼントをあげるのも、効果的だと思うよ。女性というのはどうも、自分へのプレゼントは無駄遣いとみなさない傾向があるらしい。だから報酬をもらったら、自分のコーヒーを買う前にキャロルちゃんにも贈り物をしたらどうだろう?」
「贈り物……?」
「うん。彼女が喜びそうなものを自分でちゃんと考えて、選ぶんだ。そのためには、キャロルちゃんのこともしっかりと観察しないとな」
女性を振ることはあっても、気を引くための贈り物選びなど、今の今まで考えも及ばなかったラウールにとって、モーリスのアドバイスはある意味で衝撃的だった。打算で何かを贈る事はあっても、純粋に相手の嗜好を考えたことなど……あまりなかった気がする。言われれば、彼女が欲しいもの以前に……彼女の好きな色さえ分からないし、思い浮かばない。
「……そうですね。もう少し……俺もキャロルの事を知る必要がありますね。ただ一緒にいて欲しいと言うだけでは……また、置き去りにされてしまいます」
先ほどまでのわざとらしい愉快な様子を引っ込めて、今度は寂しそうにカフェオレを啜るラウール。また、置き去りにされてしまう。その本音の意味を逡巡しては……こちらはこちらで、寂しい気分になるモーリスだった。




