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カーバンクルとドルシネア(8)

 キャロルとジェームズが散歩に出かけているので、大人しく1人で留守番をしつつ、ラウールが店内の掃除をしていると。開店直後だというのに、今日は朝からお客様がいるらしい。そんな開店準備も含む時間なものだから、やや失礼な気もするが……仕方なしにハタキ片手に、一応のご挨拶をしてみる。


「いらっしゃいませ。ご用件は鑑定ですか? それとも……買取ですか?」

「うむ。鑑定をお願いしたい。この店であれば、確かだと……知り合いから聞いたものでな」

「おや、それはそれは。立派な紳士様にそう言っていただけると、誠に光栄ですね」


 ()()()()()()やってきたお客様に対応しながら、体裁を整えるついでにカウンターに戻って宝飾品用のトレイを差し出すラウール。しかし、トレイに乗せられたのは、妙に既視感のある丸い真っ青な宝石。そうして、どこかで懸賞金のお知らせと一緒に掲載されていたのにも思い至ると……失礼にも程がある()()()()()()を募らせる。まさか、このお客様は……。


「……これ、もしかして……例のブルー・カーバンクルだったりしますか? とある宝飾店に持ち込まれたとかで、既に隣国の持ち主に返還されていたかと思いますけど……」

「そうなのだ! しかしな……実を言えば、ワシは先代の会長から席を引き継いだだけなものだから。これの価値をよく知らんのだ。盗難とあっては懸賞金も出して、奪還に力を入れてみたが……正直なところ、それほどの価値があるのかさえ判断できなくてな。……そもそも、2つ名からして()()()だろうし……」


 さも困り果てたというように、白髪の眉毛をハの字にしておっしゃる紳士に、少しばかり警戒してしまった事を申し訳なく思ってしまう。語り口を聞く限り、彼自身は非常に理知的で常識的な人物のようだ。彼の孫(シャーロット)とは間違いなく、()()()()だと判断していいだろう。


「……あぁ。ムッシュはカーバンクルが何を示すのかを、ご存知なのですね」

「もちろん。カーバンクルは赤い宝石を示す言葉であって、例の小説にも具体的な正体は書かれていない。まぁ、ガラスを切り裂くと書かれているのだから、相当に硬い宝石を想定しているのだろうけど……しかしだね。最も硬いとされるダイヤモンドでさえ、そんな芸当はできないんだ。だから、ブルー・カーバンクルがこうして実在しているのはおかしな話なのだよ」


 そう前置きした上で、彼が今回の依頼の本題でもあろう()()()()()()()()を打ち明け始める。盗難された経緯も分からないまま返還されてしまったが、どうしてそんな宝石がロンバルディアに持ち込まれて、挙げ句の果てに露店の店先に並ぶ羽目になったのか。そして……。


「この宝石の発見者はワシの孫……シャーロットでな。無論、孫は可愛いのには違いはないのだが、昨日の顛末を聞かされては少々……先行きが不安での。それでなくてもあの子は、周囲を気にしすぎないばかりに、同年代の友達とも馴染めなかったみたいで……学校では除け者にされては、虐められていたらしい。おそらく、あの子の極度の思い込みの激しさはそんな事があった末に、身近にあった小説の世界へ現実逃避をしてしまった結果なのだろうと、思う。ワシはこのブルー・カーバンクルが小説の中でこそ価値がある事を示したいのと同時に、これを機に、あの子の軌道を修正したい。だから、君にお願いしたい事は2つ。このブルー・カーバンクルの宝石としての価値を公正に判断して欲しいのと……例の怪盗紳士に渡りをつけて欲しいのだ」

「はて……怪盗紳士に渡りをつけて、どうするのです? まさか、これを盗んでくれとご依頼するおつもりで?」

「いや、違う。なんでも見つけ出すとまで言われる彼に、これの盗難経路を探って欲しいのと同時に……孫に最後の夢を見せてやって欲しいのだ。こっ酷く、あの子を()()()()()()欲しい。両親揃って、学校に行かなくても良いなどと申しては……あの子を猫可愛がりするものだから、ますます浮世離れしてしまってな。子供が夢見がちなのはまだいいが……もう、彼女も15歳だ。いい加減、社会に馴染む訓練を始めないと、1人残された時に何もできなくなってしまう。無論、彼には報酬も出すと伝えてくれて構わん。頼めるか?」


 優しくするだけが愛情ではない……そんな事を寂しげに言いながらポツリと佇む紳士に椅子を勧めると、まずは1つ目のオーダーをこなすラウール。グローブを嵌めて偏光器を覗きながら、ブルー・カーバンクルの組成を確認し始める。


「……これは人工ガーネットですね。ガーネットはつい最近まで、天然で青を示すことはないとされてきました。現在ではブルーガーネットも存在はしますけど、少なくとも、例の小説が発表された当時には発見されていませんでしたし、ガーネットにガラスを切り裂く芸当は絶対にできません。何れにしても、組成はある程度は把握できましたが……いかがしますか? 鑑別書も発行いたします?」

「あぁ、是非に頼む。確か……あの子が言うには、この店では鑑別には銅貨2枚、鑑別書は銅貨10枚……だったな。その節も大変な迷惑をかけたようで、済まなかったね」


 その辺の事情もご存知でしたか……そんな事を言いながら、しっかりと組成を細かく記載して、鑑別書を手渡す。そうして、しっかりと銅貨12枚を受け取りながら……少しばかり気落ちしている老紳士へ、ワンポイントを伝えるもの忘れない。


「そうそう。人工とは言え、こいつはそれなりに価値のある石ではありますよ。というのも……人工のガーネットはクズ石を再結晶させたものではなく、全く違う人工素材から天然のガーネットと同じ構造を持たせたものなのです。代用品としての取引はそれなりにありますから、()()()()に展示する分には遜色はないかと」


 最後に怪盗紳士からの返事を聞きに明後日にお越しくださいと申し伝えれば、ようやく安堵の表情を見せて店を後にする老紳士。孫が可愛いお爺ちゃんの切望を叶えるため。今回は姫君(ドルシネア)を演じて見せましょうかと考えては、浮世離れしてしまったドン・キホーテの境遇に……流石のラウールも、やや同情まじりで思いを馳せるのだった。

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