カーバンクルとドルシネア(7)
「ふぅ〜! やっと、解放してもらえました! あぁ、ラウールさん達が来てくれて、よかったです!」
「……それは何よりですね」
「それはそうと……やっぱり、ラウールさんも私が気になるのでしょう⁉︎ それで、助けて……」
「いいえ、違います。あなたの勘違いがこのお店にとって、営業妨害の迷惑行為だったからです。同業者として捨て置けなかった……ただ、それだけですよ」
彼女の母親の自己紹介から、シャーロットがブルー・カーバンクルの実質の持ち主でもあるディテクションクラブの会長の孫だという事を伝えてやると、検証に当たっていた警官が速やかに事実確認を手配してくれたらしい。そんな畏れ多い会長ご本人様のホットラインで彼女が紛れもなく、彼の孫だと判明したので……こうして無事に身柄解放となったのだが。それが大甘の判断と温情なのだという事を、当のシャーロットは自覚していないどころか、あろう事か当然だと胸さえ張っている。そんなどこまでも暴発したままの様子に呆れながらも、最低限の気づきくらいは与えようかと、仕方なしに話を続けてみる。
「あぁ、そうそう。この間も申しましたけど、あなたには微塵も興味はありません。現に……今、こうして恋人と一緒に愛犬の散歩中なのですから、こちらの邪魔もしないでくれませんか?」
「え、えぇぇ! お2人って、そういう関係だったんですか⁉︎」
「……いちいち大声を上げないでください。ジェームズが驚くではありませんか」
ラウールの言葉に示し合わせたように、スンスンと苦しげに鼻を鳴らしてキャロルに甘え始めるジェームズ。相変わらず、芸達者なのだから……とジェームズ の名演技に感心しつつも、これ以上の飛び火を防ぐための防火壁作りの仕上げに入る。
「とにかく、今回は軽い火傷で済んだのですから、これに懲りて変な騒ぎは起こさない事です。あなたの作り上げたご都合主義が通じる程、現実はあなた中心で出来上がっていません。夢を見るのも、程々にしておきなさい」
「ラ、ラウールさん! 幾ら何でも、そこまで言わなくても……」
「そうですか? そろそろ……その位は教えてあげないと、マズいと思いません? とは言え……先ほどから、白い目で見られている事に自覚がない時点で、既に手遅れかもしれませんけどね」
「えっ……?」
本人が今まで気付いていなかったのも、奇跡に近い。いよいよ、そんな彼女に現実を見ろと周りを示してやれば……ヒソヒソと彼女を面白そうに指差しながら話を咲かせている野次馬や、目を合わせるなと言わんばかりに冷たい視線を寄越す警官達の姿がイヤでも目に入った。
「……もしかして……私、目立ってる?」
「えぇ。しかも、これは悪目立ちの方です。みんなあなたに悪い意味で興味津々だから、声をかける事もせずに呆れて見つめるばかりなのです。遠くから見つめる分には面白くて愉快ですが、知り合いだと思われたら、迷惑だ……と。さ、もうこれ以上恥をかきたくなければ、お家にお帰りなさい。そして……二度とこんな馬鹿げた事はしないで下さいね」
「……ハィ。今日は……ありがとうございました……」
いつになく素直な様子に、ようやく彼女にも現実が見えただろうか……と、胸を撫で下ろすラウール。おそらく彼女は今まで周囲も特殊すぎたせいで、そんな指摘さえも与えてもらえなかったのだろう。そんな彼女の背中を見送り、散歩を再開し始めると……キャロルが少しだけ不機嫌そうにこちらを見つめているのが、予想通りといえば、予想通りではあるが。それでも、必要以上にラウールを詰らないところを見るに、彼女にはきちんと見る目はあるらしい。シャーロットの傷心は慮りつつも、ラウールの指摘が必要悪だという事も理解しているのだろう。
(それにしても……盗品のはずのブルー・カーバンクルが、どうして路地裏なんかで売られていたのでしょうね? どこから、やってきて……そんな所で売られていたのやら)
キャロルのちょっとした不機嫌を受け流しつつ、結局は持ち主に返却される運びになったブルー・カーバンクルの旅路に思いを馳せる。ラウールからすれば、価値も見出せない普通の宝石ではあるだろうが……その流通ルートが少し、気になる。
(しかし……そんな事、俺には関係ありませんか。その辺りはそれこそ、小説家さん達の推理に任せればいい事です)
それでも、よくよく考えれば自分が関わるべきことでもないと切り離して……眉唾物のことは忘れようと決め込むラウール。しかし、彼がその縁を切ってみても、ブルー・カーバンクルの方は関わりを手放すつもりはなかったらしい。自分の価値を示さんとばかりに、宝石の存在がドン・キホーテのドルシネア探しへと化ける事は……流石のラウールにも予想だにできなかった。




