カーバンクルとドルシネア(6)
予告通りに2人と1匹で早めの散歩に繰り出して、中央街へと足を伸ばしてみる。途中、誘拐に巻き込まれた時に失くしたキャロルの日傘の代用品を購入しながら、散歩を続けていると……いよいよ、ハースト社の宝飾店が見えてくるが。しかし、宝飾店が何やら物騒な空気に包まれていて、どうにもこうにも様子がおかしい。そんな状況に、思わず顔を見合わせるラウールとキャロル。それもそのはず……辺りを包む物騒な空気は、明らかに事件が起こった類のものだった。
「……おや、どうしたのかな? まさか、こんな真昼間から宝石泥棒でも現れたんでしょうか?」
「怪盗さん以外にも、宝石泥棒がいるのですか?」
「そりゃ、そうでしょう。まぁ、こんな昼間にしでかすのは相当に勇敢な猛者でしょうが……宝石は基本的に価値も高ければ、流通ルートもそれなりにあります。1粒で金貨何十枚なんて価格のものもザラですし、ポケットに仕舞い込んでさえしまえば、金貨袋を持ち運ぶよりも手軽だし、目立たない。……まぁ、非常に足が付きやすいリスクはありますけど」
価値が高い宝石というのは、大抵妙な2つ名があり、持ち主が明確に分かっている場合が殆ど。場合によっては美術館に所収され、歴史的至宝とばかりに恭しく特注のガラスケースと警部員によって守られている物もあったりする。当然ながら、そんな宝石を盗み出して普通のルートで売りに出したりしたら……あっという間にお縄にされるのも分かりきっている。
「ですから宝石泥棒は大抵、盗品の密売ルートを知っている事が多いのです。それは宝石に限ったことでもないけれど……いずれにしても、素人が手を出すにはハードルが高いのは間違いないでしょうねぇ」
「でしたら……今日の宝石泥棒さんは、素人さんということでしょうか?」
多分ね。そんな事を視線で示しながら、目の前で忙しなく取り調べをしている警察官を尻目に、もう少し状況を把握しましょうかと歩みを進めようとすると……中から妙に聞き覚えのある声が響いてくる。この声は、まさか……。
【……このコエ、あのメイタンテイじゃナイカ?】
「……えぇ、そうですね。もしかして、持ち込んだ宝石がガラクタだったのを突きつけられて……悔し紛れに友情制度で店の商品と交換しろとか大騒ぎしたんでしょうか? あぁ、なるほど。彼女は迷探偵ではなく、非常に出来の悪い詐欺師に転職したんですねぇ……」
「という事は……私、もしかして余計な事を言ってしまったのかしら……? このお店をシャーロットさんに紹介してしまったばっかりに……」
間違いなく、その転職はキャロルのせいではありません。1人と1匹で彼女を慰めてやりながら、必要以上にお人好しなキャロルのためにも状況を把握したほうがいいか……。そんな風に考えながら、警察の事情聴取に応じている顔ぶれに顔見知りがいる事も目敏く気づくと、かの同業者に歩み寄るラウール。そうして、相手も自分に気づいたのだろう。なぜか助かったとばかりに、縋るような表情を向けてくる。
「お久しぶりです。……今日はどうしたのです? 随分と物騒な雰囲気ですけど」
「えぇ……実は盗品を持ち込まれたお客様がおりまして。懸賞金がかかっているようなお品物でしたから、いの一番に警察の皆様をお呼びしたのです。しかし……あぁ! うちの店はあのマラカイト以来、呪われてしまったんでしょうかね⁉︎ どうして、こうも変な曰く付きばかりが持ち込まれるようになってしまったのでしょう……⁉︎」
彼の言う曰く付きの原因が紛れもなく自分だったりするため、今度は苦笑いしかできないラウール。しかし……涙目の彼の話には、明らかに無視できない内容が含まれていた。今、懸賞金がかかっている宝石と言えば……。
「あぁ……それは鑑定以前に買取もできませんよねぇ。懸賞金がかかっているとなると、持ち込まれたのは例のブルー・カーバンクルですか? 確か、シャーロック・ホームズ所縁の宝石とかで、スコルティアのディテクションクラブが所有していたものが、少し前に盗難に遭っていましたね」
青いカーバンクル 、か。その字面だけで、価値のない宝石であることは明白なのだろうけど……と、シャーロットがキャロルの憂慮通りに、変なことに首を突っ込んだ事を察するラウール。
「カーバンクル」とはそもそも、赤い宝石の総称……特に、丸く磨き上げられたガーネットを示す用語でもあるため、青いという但しがつく時点で真っ赤な眉唾物である事をアピールしてしまっているのが、なんとも言えない切なさがある。おそらく例のディテクションクラブが、青い石をそう呼んで有難がっているだけなのだろう。ブルー・カーバンクルは小説の中で存在しているからこそ価値があるものであって、その存在を現実世界に引き込むのは最初から無理がある。
「そう! まさに、今回持ち込まれたのはその宝石です! そして、それを持ち込んだのは……年端もいかない少女に見えますが、見えすいた嘘を並べる小悪党でして! 自分は名探偵だから、盗みなんてしていない。盗んだ犯人を捕まえてやるから、自分の身柄を開放して……報酬で鑑別書を寄越せとか言い出しまして! 本当に……図々しいのもここまでくると、呆れてしまいます!」
彼女が超理論を展開するのは、顔見知りだけではなかったか。ブルー・カーバンクル盗難に関しては間違いなく、この店には全く関係のない事である。巻き込まれただけの部外者に報酬を求めるのは、迷惑以外の何物でもないだろうに。そんな事を考えながら……彼女はやはり、どこまでもネジの外れたドン・キホーテなのだと思い至ると、ため息を漏らさずにはいられないラウールだった。




