カーバンクルとドルシネア(5)
「いらっしゃいませ。ご用件は鑑定ですか? それとも……買取ですか?」
「えっと、鑑定をお願いします!」
「……鑑定料は銅貨2枚ですよ」
「えぇ〜⁉︎ 鑑定って、お金必要なんですか? ……そこ、友情価格でタダになりません?」
「なりません」
何がどうなって、例の迷探偵さんがこの店を知っているのだろう。一応、店にいる以上はそれなりに対応してみるものの……。相変わらずの無茶苦茶な発想と、それを創造している世間知らず加減に頭が痛い。そんな事に頭を悩ませながら、この悪夢を生み出した理由に思いを巡らせるが……そうして、原因は兄の人脈由来だろうと決めつけると、いよいよ腹立たしい上に、とにかく煩わしい。と言うよりも、勝手に友情価格なんて割引制度を作り出さないで欲しいのだが。しかも、その友情は破り捨ててしまいたい程に、ラウールにとっては余計な人脈でしかない。
「ゔぅ……実は宝石を買うのに、お金使い切っちゃったんです……。だから、今はすっからかんで……」
「でしたら、依頼料をご用意いただいて出直してください。あぁ、もう1つ申し上げておきますと。銅貨2枚は鑑定だけの金額です。鑑定書や鑑別書を発行する場合は、一律銅貨10枚が必要になりますから、そちらもご留意願います」
「そ、そうなんですか⁉︎ どうして、そんなにかかるの〜?」
この子は、現実世界を恋愛小説とやらで出来上がった色眼鏡越しで見ているんだろうか? 仕事の依頼に対価が必要なのは、当然の話だろう。ここまでくると……もう、色々と説明するのも馬鹿馬鹿しい。
「……シャーロットさん。一応、説明しておきますと、宝石や骨董品の鑑定には資格が必要なんです。その資格を取るにはたくさん勉強して、たくさん努力をしないといけないんですよ?」
きっとラウールが相手にするのもご遠慮願いたいと、辟易しているのを感じ取ったのだろう。キャロルが仕方なしに、優しくシャーロットに鑑定や鑑別書には対価が必要な理由を説明し始める。
「そ、そうなんですね……」
「はい。それで、そうやって取得した資格を使ってお仕事をするのですから、資格や技術に対する報酬が必要なのは、当然でしょう? 鑑定書や鑑別書は、鑑定士さんが自分のお名前で責任を持って発行するものなんですよ。しかも、1つの宝石に対してきちんと価値や成分を保証したい場合は、最低でも2名分の書類が必要になります」
「へっ? そ、そんなに難しいものなんですか?」
「そうなんですよ? だから、ラウールさんも出張依頼をいただくことも多いのですけど……それはラウールさんが鑑定士さんとして有名だからだけではなく、2人以上の鑑別書が必要だからという部分もあるのです。お金がないという事情は察してあげたいのですけど、お仕事はお仕事なんです。その辺りはご理解ください」
キャロルに丁寧にそこまで言われれば、夢と妄想で頭が一杯の彼女でも理由はきちんと飲み込めるらしい。それ以上食いつくこともなく、お邪魔しました……と力なく呟いては、少しばかり萎れて帰っていく。そして、その背中があまりに痛ましく見えたのだろう。キャロルが1つだけ、最後に追加情報を提供し始める。
それは間違いなく商売の事を考えれば、完全にしてはならない事のはずだが、店主の気質を考えれば最善策でもあった。おそらく彼女としてはお客を減らす事以上に、ラウールのご機嫌を保つことを優先させたのだろう。
「あぁ、そうだ。シャーロットさん」
「はい……」
「このお店では有料ですけど、中央街にあるハースト社の宝飾店は鑑定だけなら、無料でしたよ。書状発行は流石に無料ではないと思いますけど、お持ちの宝石がどんな種類かくらいは教えてもらえると思います。よければ、そちらに足を運んでは、いかがでしょう?」
「ほ、本当ですか!」
「えぇ。とは言え、それなりの高級店ですから……ちょっと緊張するかもしれませんけど……」
キャロルが気を回して、ハースト宝飾店がどんな場所かも教えようとしているものの。有力情報を得たシャーロットの耳には、キャロルの忠告は届かない。そうして善は急げとばかりに、慌ただしく店を出ていくが……本当に大丈夫だろうか?
「商売敵に難客を押し付けるのは、いいアイディアだと思いますけど……彼女、大丈夫でしょうかね? 特に、常識的な意味で」
「うん……お金がなくて困っているみたいでしたからつい、教えちゃいましたけど……後でジェームズの散歩がてら、大丈夫だったか確認した方がいいかしら……」
「……仕方ありませんね。そういう事なら、もう少ししたら3人で散歩に行きましょうか。俺としても、あの子がどんなガラクタを見つけてきたのか、気になるし」
さぞ赤っ恥をかくことでしょうねぇ……と、さも面白そうに意地悪く笑い始めるラウールに、彼は彼でそういう基準でしか物事を考えられないのだと、ため息をつくキャロル。シャーロットがこんなにも熱心に宝石を探し始めたのは、他でもないあなたのせいでしょうに。その底意地の悪さはどうにかならないのかと……彼の様子を見つめてはキャロルは常々、頭を悩ませるのであった。




