カーバンクルとドルシネア(4)
「クリスティー……いつまで、こちらに滞在するつもりかね? そろそろ、トレント君も心配するのではないか?」
「心配ありませんわ。主人は今、取材でスコルティアを離れておりますの。何より、シャーロットが素敵な恋に夢中なのですよ! ここで、あの子の恋路を全力でアシストしませんと!」
「そ、そうか……」
しかし、そのシャーロットのせいで昨晩は部下に仕事を押し付ける羽目になった以上、彼女達の暴挙を許すわけにはいかない……と思いつつ、昔から妹にも甘いホルムズはそれも仕方ないかと、諦め半分でクリスティーの姿を見つめている。一方でクリスティーを迷惑がる訳でもなく、彼の妻や娘も今をときめく恋愛小説家との会話が楽しいらしい。押しは強いが話も上手なクリスティーは、大抵の環境で即座に馴染む事ができる。それはある意味、非常に厄介な特質でもあるのだが……彼女はやや大袈裟で明るいリアクションで、周囲を笑顔にするのだから、ホルムズとしては敵わない。
「さて……と。そろそろ、行ってくるよ。今日はモーリスには休みを取らせたから、遅番とは言え……昼までには行かなければ。ところで、クリスティー」
「はい?」
「……さっきから、シャーロットの姿が見えないのだが」
「あぁ、あの子は外で元気に遊んでいますわ。先ほど雨も上がりましたから、嬉しそうに出て行きましたよ。怪盗紳士の心をゲットするべく、素敵な宝物探しに大忙しですの」
「……はぁ、そうか。晴れれば日差しも強い。くれぐれも、熱中症には気をつけるように言っておけ」
そうして、いつも以上にくたびれた様子で仕事に出かけるホルムズ。女性陣3人の元気なお見送りの挨拶とは反比例するかのように……彼の気苦労は朝から山積みになりつつあった。
***
「う〜ん……怪盗紳士が欲しがりそうな宝石はどれも高そうだなぁ……」
素敵な宝石がどこかに転がっていないかと隈なく探してみても、当然ながら、そんなものは見つからない。ならば、しっかりと調達しようかと中央街の店を回ってみても……子供のお小遣いで買える金額の宝石が見つかるはずもなく。手元の銅貨6枚を叩いたところで買えそうなものと言えば、手芸屋に並ぶガラスビーズくらいなものだ。これでは憧れの怪盗紳士が自分の元に来てくれるはずもないと……流石のシャーロットもため息をつく。
(あぁ〜、どこかに素敵な宝石、落ちてないかしら……)
そんな事を考えて歩いていると、中央街から少し外れた通りに古物商が軒を連ねているのを見つけ出す。もしかしたら、ここでも素敵な出会いがあるかもと……興味津々で店先を覗いてみるが。しかし、ショーウィンドウに並んでいるのは古びた骨董品に、最後に洗われたのはいつかも分からない古着の数々。それらしい物は見つからない。
(……やっぱり、ないか……。ここは1つ、叔父様に相談して……)
と、真昼の暑さで疲れも募り始めたシャーロットがいよいよ諦めかけていると。店の合間に佇む露天商の陳列棚に真っ青な色をした宝石が鎮座しているのが、ふと目に入った。雨上がりの晴れ間以上に、深い深いブルー。まるで吸い込まれるような、透明感と輝き。どこか現実離れした瞬きに暫く見惚れていた所で、シャーロットは肝心の値札に視線をずらすが……そこには、願ってもない文字列が踊っている。
“お値段は時価。交渉次第で、お安くします”
なんて、幸運な事だろう! 交渉次第という事は、お願いすれば銅貨6枚でも譲ってもらえるかも!
そんな事を短絡的に考えては、望む所だ……とばかりに意気揚々と店主に話しかけるシャーロット。普通であれば、銅貨6枚の金額で買えるのはガラス玉が関の山。しかし、その日のシャーロットはツキにツイていた。しどろもどろの交渉にも関わらず、何故か店主は嬉しそうにシャーロットの話を聞き終えると、彼女にあろう事か銅貨6枚でその宝石を譲ってくれると言い出したのだ。深すぎる親切心に殊更感激して、無事お宝をゲットできた事を誇らしく思いながら、シャーロットは通りを後にするが……これは本来であれば、あり得ないはずの1つの奇跡でしかない。そう、それは普通の事情であれば、こんな所に並んでいるはずのない代物だったのだ。




