カーバンクルとドルシネア(3)
「まるでドン・キホーテですねぇ……」
「ドン・キホーテ?」
「えぇ。さっきの迷探偵さんの迷走具合は、彼を彷彿とさせるものがあります」
さっきの迷探偵、とラウールが眉間にシワを寄せて語るところによると。シャーロットがジェームズの散歩中に絡んできたかと思ったら、一緒にいた母親もテンション高めの恋愛小説家とのことで……しっかりと世間話に巻き込まれてきたらしい。そして、彼女達はかの怪盗とのコネクションを作ろうと、彼が欲しがりそうな宝物を捜索している最中というご説明を去り際にくださったそうだ。
その現実離れした内容も去ることながら、あまりの疲れ加減にきっと怒涛の如く捲し立てられたんだろうなと……カウンターで渋い顔をしているラウールの手元に、氷たっぷりのコーヒーを添えるキャロル。抜かりない彼女の気遣いに、たちまち顔を綻ばせるのだから彼も相当、単純ではあるが。たちまちご機嫌を取り戻した甥っ子をジェームズも呆れながら見つめつつ、ラウールに続きの説明を促す。
【ドン、とイウからには……そいつ、エラいヤツか?】
「そうですね。ドンというのは、貴族や領主に対する敬称ですが……俺の言っているドン・キホーテは小説の登場人物です」
それなりの地位にありながら騎士道物語に傾倒した結果に、現実と物語の区別が付かなくなった初老の夢想家。しっかりとした思慮と信念を持ちながらも、旅先で起こる出来事を騎士道物語に無理やり当てはめ、事態を大きくしては騒ぎを起こすトラブル・メーカー。そんな彼の旅の目的は世間の不正を正す、という大前提がありながらも……郷里の百姓娘をモデルとした、貴婦人の美しさを世間に知らしめる野望も含まれていた。
「ドン・キホーテは実際のところ、そこまで悪い人物ではありません。彼自身は非常に実直で、真面目な紳士でもあるのです。しかし……自分の信念をどこまでも曲げないせいで周りに迷惑をかけるのですから、側に居たら疲れる方であることは間違いないでしょうね。あぁ、そうそう。彼が妄想の中で作り上げた理想の貴婦人はドルシネア姫、と申しまして。バレエの演目にもなっていますよ。と、まぁ……そんなことは、さておいて。この物語と現実の境が曖昧な部分がどうも、あの迷探偵さんにも通ずるものがあると思いませんか?」
【あぁ、ナルホド。タシカに、モウソウグアイはピッタリかもシれない。ただ……キシドウではなく、レンアイとスイリショウセツがタネになっているのが、このバアイはタチがワルイ】
「そうですね。ジェームズもなかなかに、よく分かっていらっしゃる」
【トウゼンだ】
ピンと立った耳を際立たせるように、誇らしげに胸を張るジェームズを嬉しそうに撫でながら、褒めるラウール。しかし、彼らの微笑ましいやりとりを他所に……キャロルは別の部分で心配を募らせる。と、言うのも……。
「シャーロットさん、そんな事をしていて……大丈夫かしら?」
「うん? 何がだい、キャロル」
「えぇ……。そんなにも一生懸命になって自分の信念を曲げないとなると……それを実現するために、変に無理をしないか心配で。それでなくても、シャーロットさんはちょっと押しが強い所があるから。周りに呆れられているだけならいいけど、いらない所に首を突っ込んで、トラブルに巻き込まれたりしないかしら?」
「……あぁ、そういう事。本当に、キャロルはお人好しなのだから……」
【キャロル、それはオセッカイとイウものだ。そこまでシンパイしてやるヒツヨウ、ない】
「そう? だったら、いいけど……」
窓の外はいつの間にか、パラパラと雨が降り始めていた。静かに囁く、雨音に耳を澄ましては……おかしな事にならなければいいなと思いを巡らせて。雨空と一緒に気分を少しだけ、曇らせるキャロルだった。




