スフェーン・シークハウンド(29)
「モーリス! シャーロットを見なかったかね⁉︎」
「ホルムズ警部? そんなに慌てて、如何しましたか?」
「うむ……。今夜は絶対に出てきてはならんと言い含めておったのに、シャーロットの奴、家から飛び出してしまったようなのだ! あの子のことだから、グリードを追っていると思うのだが……こっちには来ていなかったかね⁉︎」
いいえ、見ていませんけど……と力なくホルムズ警部に答えるモーリス。グリードを捕まえるつもりが、指名手配犯が自首してきたものだから、今の今まで彼の確保にも大忙しだったのだ。その上で既に逃亡中のグリードも一応、追わなければいけないのに……どうして、こうも仕事が後から後から湧いてくるのだろう。
「今、グリードの方は別部隊に追跡を指示しています。実は……例のキャブマン殺しの犯人が、この病院から出てきましてね。なんでも、グリードに自首を勧められたみたいですよ?」
「は?」
おそらくグリードは彼を手土産にすることで、鮮やかに警察の勢力を分散するつもりだったのだろう。相変わらず、いい事をしている様に見せかけて……やる事はえげつないのだから。毎回巻き込まれる方の身にもなって欲しいと、モーリスは深々とため息をつく。兎にも角にも。エドゥアールの確保は大方済んだのだし、今度はグリードの追跡ついでにシャーロットを探した方が良さそうだ。
「でしたら、警部。ここはとりあえず、撤収するついでに……グリードを追いましょう。シャーロットちゃんも、グリードを追っているのではありませんか?」
「そうだな! よしっ! 今度こそ、グリードの確保もして見せるぞ!」
その意気ですと、力なく答えつつ蒸気自動車の助手席に彼を乗せると、ボイラーを蒸す。モーリスとしては馬の方が圧倒的に扱い易いと思うものの、ここロンバルディアでは警察にはご丁寧にも通称・馬なし馬車……どこか誇らしげな蒸気自動車が潤沢に配備されていた。
そんな蒸気自動車を駆り、中央通りに向かってみれば。何やら、前方に物々しい警察官達の一団が見えてくる。その様子に嫌な予感をさせながら、モーリスはハンドルを引いて車を停めるが……どうも様子がおかしい。そうして、渦中にいるのが本命の心配のタネではなく、別のタネだと理解すると……途端に脱力してしまう。
「シャ、シャーロット!」
「あっ、叔父様! もぅ……グリード、とっくに向こうに逃げちゃいましたよ!」
「その様子だと……お前、グリードに会ったのか?」
「えぇ、もっちろん! ……フフフフ……!」
周りの警官達が呆れて苦笑いしているのを見るに、また彼女は性懲りもなくロマンス路線を豪快に突っ走っているのだろう。シャーロットの嬉しそうな口振りによると……彼女が悪漢に襲われているところを、かの怪盗紳士が鮮やかに救い出してくれたのだという。そして本人の意図しないところで、愛の詰まった置き土産を彼女にたっぷりと提供するに至ったらしい。
そんな彼女の様子にいよいよ、グリードの手口の姑息さに胸を痛めるモーリス。おそらく彼は撒き餌の第2弾として、彼女をこんなにも目立つ場所に置き去りにしたのだろう。その挙句に、変な勘違いを暴発させているシャーロットの勢いはますます、止まるところを知らず。この様子では自分以上に、ホルムズ警部の方が大量の流れ弾を被弾しそうだと……心の中で誠心誠意、彼に謝るモーリスなのであった。




