黒真珠の鍵(11)
「さて、皆様お疲れ様でした。ここがおそらく最終目的地……黒真珠の鍵が使える、研究室の扉でしょう」
「け、研究室……ですか? この先には秘密の場所があって、そこにある紋章を嵌めれば金庫が開くって、聞いていたのですが。……それは一体、どういうことなの?」
お役目完遂、とでも言うようにどこか得意げなグリードの言葉が信じられないと、俄かに狼狽え始めるロンディーネ夫人。しかし……そうして騒ぎ立てるのはただひたすら、彼女1人のみ。突き刺すような冷たい静けさに、いよいよ怯え始めた彼女を慰めるように、グリードが1つの持論を展開し始める。
「あぁ、なるほど。ご夫人は何も教えられていなかったのですね。まぁまぁ、お可哀想に。……そもそもロンディーネ侯爵には、ハナから遺産なんてありませんよ。だって、そんなものを残したら、悪い奴らの援助をする事になりかねませんからね。彼は生前の僅かな期間で、有り金は全部色々と寄付をしたりして、なんとか殺される前に処理をしていたみたいですよ? ……だけど、そんなどこまでも真面目なロンディーネ侯爵にも、やり残したことがありましてね。それが、この扉の中にあるらしい放射性同位体を利用可能状態にするための資料を抹消することだったんです。でも結局、迷わないための目印を残したはいいものの、ここを処分する前に殺されてしまったみたいですけど」
相変わらず、物騒な事をズケズケと言い放ち。肩を竦めつつも、怪盗が不気味な笑顔のまま、話を続ける。
「……そうでしょう、執事さん? ご夫人を言いくるめて、ロンディーネ侯爵を事故死に見せかけたまでは、良かったけど……肝心の鍵の利用場所は、ご夫人にさえも伝えられていなかった。だから、俺を使う事にしたんでしょ? わざわざ生かしたご夫人が実は使い物にならなかったから、仕方なく……ホワイトムッシュへ依頼する事を提案したのも、あなたですよね?」
「う、嘘よッ! この鍵が使える先さえ見つけられれば、財産は全部私のものだって……エルメルも言ってくれたでしょ? ね、嘘だって言ってよ! ねぇ⁉︎」
「……黙れ、この役立たずが。全く……お前が鍵の使い道さえ知っていれば、こんな厄介な奴を引き込まなくて済んだのに。……まぁ、安心しなよ。そっちの怪盗はともかく、あんたにはちゃーんとお仕事も用意してあるから」
「エ、エルメル……?」
先日までの丁寧な態度から一変、途端に粗野な言葉遣いをし始めた執事の姿に、二重の意味で泣き崩れるロンディーネ夫人。その様子を冷ややかに見つめながら、彼女を捨て置くべきかを悩み始めるグリード。
……さて、どうしようかな。これは助けてやった方がいいんだろうか?
「あぁ、なるほど。あなた達はこの場でご夫人も含めて、餌にするつもりですか。……しかし、そこまでしてでも、この中身が欲しいんですかねぇ。……だって、そちらの囚人さんは本当に使い物にならない状態じゃないですか。きっと、ここで採掘している神経毒の影響でしょ? そんな毒をどこの誰に売りつけているのかは、知りませんが。この街で囚人達にも飲酒やらを認めているのは、そういう理由なんですよね? そうでもしないと、彼らはあっという間に不自然な状態になってしまうでしょうから。……きっとその様子だと、彼らには何を作っているのかさえ、教えていないんじゃないですか?」
「全く……怪盗っていうものは意地汚いばかりでなく、鼻まで利くものなのかね? まぁ、いい。特別に……最後の餞にこの先の景色を少しくらいは見せてやろう。これは刑務所長でもある私からのささやかなご褒美だよ」
「それはそれは……お心遣い痛み入ります……と言いたいところですけど。俺にはこんなところで、死ぬつもりはありませんよ? 一応、帰りを待ってくれている相方もいたりしますし、今回の顛末を見届けた後はサクッとお暇いたします」
「ほぅ? この状況でまだそんな減らず口を叩けるなんて……大したものだな?」
いよいよ不気味な笑顔を見せ始めるモーズリーの背後で、先程までただ黙ってついて来ていた男のうちの1人に、例の鍵を握らせて、扉まで導く元執事・エルメル。その先の光景はある程度、予想していたものの。突如、目の前を染め上げるただひたすら真っ赤な光景と異臭に思わず、吐き気がする。
しかし、やはり目の前を塞ぐ腹ペコの扉は1人ではモノ足りなかったらしい。明らかに異常な仕掛けを持ったそれは、まるで……人喰いの猛獣のように、鍵の頭を握った者を片っ端から飲み込んでは、平然と口を固く閉じたままだった。




