スフェーン・シークハウンド(16)
少しは良くなっているかなと期待していたが、ラウールの二日酔いは相当に重症らしい。しかも、想定外の客に叩き起こされたとかで、体調不良の上に不機嫌も見事に上乗せしており……調子が上向くどころか、悪化さえしている。そんなベッドに潜ったままグズりにグズる店主の姿に、ガッカリするキャロル。本当は彼にこそ慰めてほしいのに、ラウールにはそんな気遣いも余裕もないらしい。
「ラウールさん……大丈夫ですか?」
「あまり大丈夫じゃないです。そもそも……どうして、君は行く先々で厄介事を拾ってくるのです?」
「えっ?」
「……無作為に愛想を振りまいたり、誰彼構わず優しくするのは……もう、やめてくれないかな」
今朝はモーリスを詰っていたかと思えば、何故か不機嫌の矛先をキャロルに向け始めるラウール。理由はよく分からないが、彼の言葉尻からするに……キャロルが自分以外にも優しいのが気に食わない、という事らしい。そうして、身勝手な言い分を延々と呟きながら、薄いタオルケットの下からこちらをジットリと覗いている様子は、子供っぽい以外の何物でもない。そんな盛大に拗ねているらしい彼を普段であれば、優しく慰めるところだが。色々とあり過ぎたキャロルには、心の余裕を捻出することもできない。
最終的にラウールの自己中心的な思考回路は相変わらずなのだと理解すると、疲れたようにため息をついて部屋を出ていくキャロル。一方で、彼女が無言で出て行った事にますます気落ちすると、俄かに頭痛が酷くなったような気がして……覗き穴さえも塞いで、タオルケットの中でいよいよ引きこもるラウールだった。
***
【キャロル、どうした? おデかけか?】
「うん、ちょっとね。……キャブマンさんにお花をお供えしてこようかな、って思って」
【……そうか。キャロルがそうしたいのなら、それでイイとオモウ。きっと、キャブマンもヨロコぶ】
ラウールよりもお利口で気配りもしっかりできるジェームズにお留守番をお願いすると、燦々と降り注ぐ日差しに負けまいと日傘を差して、思い切って外に踏み出す。店主は体調不良でお店を開けられる状態でもないし、ソーニャも仕事で出かけているし……であれば、少しばかりの気分転換も兼ねて、花を手向けるくらいはしても良いだろう。それに……。
(このままだと、気が滅入ってしまうもの。本当に……ラウールさんのバカ……)
途中の花屋で献花を見繕ってもらっている間も、事件現場に足を運んでいる間も。中央通りの日陰を選びながら歩みを進めつつ、沸々と彼の事を考えては……今日は何回目だろうと考えるのもやるせない程に、ため息を漏らし続ける。
強欲の名に恥じず、独占欲と承認要求も強いらしいラウールは、キャロルに対して過剰に彼の存在肯定を求めてくる。あの日の約束以来、少しずつワガママの傾向も薄くはなっているものの。未だに抜け切れないらしい異常な自己愛と承認の強要に、キャロルを余計に困惑させ続けているのは……紛れもない1つの現実でもあった。
(あなたの痛みは想像もできません……ただ、心からのお悔やみを申し上げます……)
きっと自分が何の気なしに、送迎をお願いしたばっかりに……殺されてしまったらしいキャブマンの最期を思っては、膝を着き祈りを捧げるキャロル。辿り着いた事件現場は検証も済んでいるとはいえ、生々しい空気と立ち入り禁止の意思表示は残されたまま。そんな物々しい雰囲気作りに一役買っているバリケードの足元には既に、いくつかの花束が添えられていた。そんな先客達へ少し遠慮するように、白い花で纏められた花束をそっと端に供える。その上で再度、しっかりと黙祷を捧げていると……俄かにキャロルの背中に声をかける者があるのにも、気付く。そうして振り向きつつ、声の主を仰ぎ見れば。そこには見慣れないけれども、どこかで会ったことがあるような雰囲気を纏った立派な紳士が……にこやかな表情で立っていた。




