スフェーン・シークハウンド(13)
精神疾患……とまでは行かないにしても。ラウールの傷つきやすくて拗ねやすい気質はどうにかならないかと、リードに引かれながら考えるキャロル。未だに刺が抜けないのは、仕方がないのかもしれないが。精神年齢が低いとしか思えない、繊細さへの処方箋は必要ではなかろうか。
「……あら? あの人だかりは何でしょう? って、まぁ! あの後ろ姿……モーリス様じゃ、ありませんこと?」
「あっ、そうですね。ラウールさんの方じゃないですよね、きっと」
【ラウール、フツカヨイ。ここにイル、まずナイ】
「そうだよね……」
ジェームズの当然の指摘に、やや脱力してしまうが。目の前の騒ぎは萎んだ緊張に、すぐさま空気を吹き込むような圧に満ちていた。この様子は……もしかして、事件だろうか?
「モーリス様!」
「ソ、ソーニャ! どうしてこんな所に……って、あぁ。そうか。ジェームズの散歩か」
「何かあったのですの?」
「えっと……」
ソーニャの質問に何故かキャロルの姿を認めて、困ったように頭を掻くモーリス。そんな彼の後ろに伸びている裏道の入り口に、物々しいバリケードと「KEEP OUT」のイエローテープが巡らされているのを見る限り、それ相当の事件……おそらく殺人事件の類が発生したのだろう。
「……モーリス様、もしかして……」
「あぁ、うん……そうだね。遅かれ早かれ新聞に載るだろうから、隠しても仕方ないか。そこの裏路地で昨晩、殺人事件が起こってしまったのだけど……実はもう、被害者と犯人は割れているんだよ。だけど……肝心の犯人の足取りが掴めていなくてね。被害者はハンサムキャブのキャブマン、それで……犯人は目撃者の証言から、例のジェームズの知り合いみたいだ」
キャブマンとジェームズの知り合い。モーリスが白状した組み合わせに、とてつもなく嫌な予感を募らせるキャロル。被害者と加害者の組み合わせが、ただの偶然であって欲しいが、そうではなかったとしたら……。
【キャロル、どうした? カオイロ、ワルイぞ】
「う、うん……。そのキャブマンさん……もしかして、昨日帰り道をお願いした人……じゃないよね?」
【ナルホド、そういうコトか……モーリス、ハイっていいか? ニオイで、ワカルかもしれん】
「ジェームズにキャロル……どういう事だい? 何か……心当たりが?」
「あ、えっと……」
ジェームズの申し出を通すためにも、昨晩の邂逅について正直にモーリスに説明するキャロル。そうしてあからさまに怯えて、泣きそうになっているキャロルの弁明に耳を傾けていたかと思うと……仕方ないと納得したように、モーリスがジェームズだけを立ち入り禁止区域へ案内する。その後ろ姿を見送って、後悔に苛まれているキャロルの背中をソーニャが慰める。
「……気を落とさないで、キャロルちゃん。もし、そうだったとしても……あなたのせいではありませんわ」
「そうでしょうか……。私達が昨日、ホージェニーに行って……エドゥアールさんに会わなければ、キャブマンさんは殺されなくて済んだのかもしれません……」
「仮に、そうだったとしても。キャロルちゃんは何も、そんなつもりでハンサムキャブを呼んだわけではないのでしょう? いいこと? 因果関係はあったとしても、あなたには悪意がなかった以上……それは1つの要素であって、直接的な要因ではありませんわ。この殺人はただただ、犯人の悪意で成し遂げた事。キャブマンの死を悼むことはあっても、あなたが犯人の代わりに悔やんでやる必要は一切、ないのです。だから、お顔を上げて。泣くなとも、笑えとも言いませんが……ただ俯くのだけは、おやめなさいな」
優しくソーニャに背中を摩られ、彼女の言葉をきちんと落とし込んで顔を上げれば。視線の先から、現場検証を終えたらしいジェームズが戻ってくる。そうして無言のまま、自分のリードを咥えてキャロルに押し付けるが……きっと、彼も無駄口を叩くつもりもないのだろう。ライムグリーンの瞳の上に乗っているタンカラーが険しいのを見る限り、検証結果もあまりいい物ではなさそうだ。




