スフェーン・シークハウンド(12)
生まれて初めての二日酔い。有り余る初体験の痛みに、大人の階段を登るというのはこういう事なのだろうかと、自室のベッドで悶々と頭を抱えるラウール。頭痛の原因は何も、アルコールが抜けないせいだけではない。キャロルとジェームズの話によると……酔っていた自分はどうやら、聞くのも恥ずかしいような言葉を延々とキャロルに囁いていたらしい。
(ゔ……頭が割れそうです……。しかも……昨晩は自分が何を言っていたのか、少ししか思い出せません……!)
吐き気と目眩。そして、再起不能としか思えない大失態。Don't Drink Like a Fish……酒は飲んでも飲まれるな、とはよく言ったものの。ブランディ1ショット程度であっさりと撃沈する、自分の脆さが今は兎角、恨めしい。それもこれも……。
(全部、兄さんのせいです! どうして、あんな場所で……ウップ……!)
止め処なく襲いくる吐き気を催していては、兄を詰る事1つ、できないではないか。自分がアルコールに弱いのも、あんな場所でブランディを呷る羽目になったのも。全部、モーリスのせいだと……情けなく責任転嫁をしてみては、粛々と体調不良と情緒不安定をやり過ごす。こんな調子では……今日は間違いなく、店番も散歩もこなせなさそうだ。
***
「ラウールさん、大丈夫かな……」
「大丈夫ですわ、キャロルちゃん。あれはただの二日酔いですから。それにしても……フフフ、本当にこんな偶然があるのですね」
「ホージェニーの事ですか?」
「えぇ、そうですわ。考えれば……初めてモーリス様と私がお仕事でご一緒したのも、メーニックでしたし。まさか、同じ店に兄弟揃ってお邪魔することになるなんて」
「そうだったんですね……そっか。ラウールさん、お酒には弱かったんですね……」
ホージェニーに行ってきたと報告すれば、店の名前に相当の心当たりがあったのだろう。昨晩のラウールの状態異常の原因と理由を真っ先に悟ったらしいモーリスの慌てようは、それはそれは、気の毒になる程だった。ラウールが完成品であってもパーフェクトではない要因として、自身がアルコールを含む毒物耐性を取り上げているとあっては、責任を感じるのも、優しいモーリスであれば無理もない。
「あぁ、そうそう。そう言えば、ジョン・ブロディ博士のことですが……」
【ナニか、ワカッタのか?】
「いいえ? 特段、変わったことはございませんわ。とても立派な医学博士で、医者としてだけではなく心理学分野の研究者としても優れた人物と、もっぱらの評判です。彼の病院自体も貧富の如何に関わらず、治療を受けさせてもらえるとかで……精神科病院なのに、大盛況だそうですわ」
「そんなに……心の病気の方が多いのでしょうか……?」
「まぁ、その盛況ぶりはどちらかと言うと……アルコール依存症と予備軍によるものが、殆どみたいですけどね。最近はロンバルディアにも多種多様なお酒が入ってくるようになりましたし、価格帯も下がりましたから。少し前まではワイン一辺倒だったのですけれど、時代は変わったということでしょう。それこそ……ラウール様を豹変させたブランディも、酒場で気軽に飲めるようになったのはつい最近ですわ」
ラウールの豹変。ソーニャの言葉に、思わず呻き声を上げるキャロル。どこまでが彼の本心なのか分からないが……お酒の勢いで「愛の言葉」を囁かれたところで、ただただ虚しいだけだ。ラウールもこの場合は精神的な部分でも、アルコール的な部分でも……一度、病院にお世話になった方がいいのかもしれない。




