スフェーン・シークハウンド(11)
「おや? こんな所に子供と犬が何の用だ?」
「……⁉︎」
ラウールが情報収集をしている間に、仕方なしに酒場の店先でキャロルが待っていると……さも、彼女が気に入らないと声を掛けてくる者がある。どこかゾワゾワとするような声の主を見上げれば、そこには紛れもなく、あの日に女の子に乱暴を働いていた男が立っていた。その異様にすかさず反応して、獰猛な唸り声を上げるジェームズ。一方で……ますますそれが気に入らないと、男が鼻を鳴らしながら応じる。
【グルルルル……!】
「フン……シッシ! 私は犬が非常に嫌いでね! しかも……なんだ? まだ夕暮れ時だというのに、乳臭い子供を待たせてこんな所で遊んでいる不届き者でもいるのか? 全く……最近の親は……。子供と犬の躾以前に、自身の躾が必要なのではないかね?」
「あのぅ……。失礼ですけど、あなたがブロディ様……ですか?」
「いいや? 違うがね。私はエドゥアールと言うのだが。しかし……フゥン。お嬢さんはブロディをご存知か。しかも……あぁ、なるほど。お前さんの犬は、この間にも会った気がするな」
小柄で顔面蒼白。歪んだ口元で、アッサリと名前を名乗ったエドゥアールの声は、人の拒絶を否応なしに呼び起こすような嫌悪感に満ちていた。しかし、それでも……彼の眼光にどこか寂しげな色を認めると、その理由を逡巡し始めるキャロル。そうして……何かに引っ掛けてしまったのか、指先に痛ましい傷があるのにも気付く。
「あぁ。お兄さん、怪我してるのですね。えっと……すみません。少し待ってください。確か……」
【……】
全く、キャロルはお人好しなのだから。
獰猛な唸り声をとりあえず引っ込め、ポシェットから小さな応急処置セットを取り出す彼女を見守る、ジェームズ。一方でキャロルは無事に目当てのものを引っ張り出すと、躊躇もなく骨張った彼の手をとって、薬を塗り始める。
「はい、これで大丈夫ですよ。怪我は放っておくと、悪化することがあるのだそうです。これをくれたソーニャさんも、言っていましたよ?」
「……」
最後の仕上げとばかりにガーゼをしっかりとテープで固定できて、満足そうなキャロル。そんな風に満面の笑みで彼を見上げれば……どこかささくれと一緒に、何かも絆されたのかも知れない。少しばかり柔和な表情を見せると、最後に精一杯忌々しいとばかりに鼻を鳴らしながら、男は礼も言わずに去っていった。
「……大丈夫かな、あの人。なんだか、調子が悪そうだったけど……」
【サァ。シカシ……キャロル。ツギからはスコシ、キをつけろ。アイツはマチガイなく、フツウじゃない】
「そう?」
取り残された1人と1匹。エドゥアールの背中を見送った後で、そんなやりとりをしていると……ようやく、ラウールが帰ってくる。しかし、彼も調子がおかしい。
「ラ、ラウールさん……どうしたのです? だ、大丈夫ですか?」
「ヒィック……キャロル……あぁ。君に会えて、本当に良かった……」
「へぇっ?」
【……ヨってるな、コレは。……とにかく、キョウはカエろう】
「う、うん……」
何を血迷ったのか、酒を飲んだらしいラウールは酔ったついでに、変な気分になっている様子。足取りが危ういのもそうだが、いつもの無愛想からは想像もできない譫言を囁いている。その内容が妙にロマンティックなものだから……宵の口だというのに、こちらはこちらで変な気分にさせられるではないか。
「もぅ! ラウールさん、しっかりして下さい! あっ、すみませーん!」
「今宵は満月には程遠いですが……フフフ……君と一緒なら、素敵な夜になりそうです……」
(……大丈夫かな、これ……)
呼び止めたハンサムキャブに特別料金を払うからと、ジェームズ同乗の許可をもらうと。キャブマンにも手伝ってもらって、ようやくラウールを馬車に押し込む。そうしてジェームズもしっかりと脇に乗せ、自分もラウールの手綱を握るつもりで隣に乗り込むキャロル。その合間も……譫言が延々と続くのも受け流し、恥ずかしさ一杯の罰ゲームとしか思えない状況に、ひたすら耐えるものの。この夢見心地のセリフは本心なのだろうかと……つい、考えてしまうのであった。




