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スフェーン・シークハウンド(10)

「ここがホージェニー……どうしよう、ラウールさん。私、場違いですよね?」

「……そうだね。ここはどこをどう見ても、酒場ですからねぇ」


 自身は成人しているとはいえ、アルコールは一切飲めない。片や、キャロルは実年齢18歳。見た目もまだまだ、幼い。更に動物お断りの飲食店にはどう頑張っても、ジェームズが入り込む余地もない。そんな3人のメンバーの中で……代表で情報収集だけはしてきましょうかと、ため息をつくラウール。いくら酒場とは言え……コーヒーくらいはあるかも知れない。


「いらっしゃいませ……って、おや! 旦那様、お久しぶりですね」

「へっ? お久し……ぶり?」


 仕方なしに()()()()を買って出て、まだ本格稼働前の酒場に覚悟を決めつつ、足を踏み入れると。なぜか、さも親しげにカウンター越しのマスターが満面の笑みで迎え入れてくれる。この酒場にラウール自身がやってくるのは間違いなく、初めてだ。しかし、マスターの話ぶりからするに……顔見知りの特徴から、自分と完全一致する()()()()を懐かしんでいるものだと、予想できる。だとすると……。


(こ、これは……まさか、兄さんと勘違いされていますか? 兄さんに、こんな場所で遊ぶ趣味と余裕があったなんて……!)

「いつぞやの時は、いや〜、いい飲みっぷりでしたよねぇ! その後、いかがです?」

「え、えぇ……まぁ。それなりにやっておりますよ。ところで……」

「はい。分かっておりますよ。ムッシュはブランディがお好きでしたね」

「……」


 常々金欠で清貧だと思っていた兄に、こんな()()()で豪遊していた()()()があるなんて思いもしなかったラウールにしてみれば……当然の如く出されたショットグラスの琥珀色に、目眩がしそうだ。アルコール耐性0、ついでに酒場の経験も0。とにかくここは……これを呷る前に、モーリスのフリをして彼から話を引き出すしかないか。


「……実は今日は少しばかり、お話をお伺いしたくて来たのです」

「おや? いかがしました?」

「えぇ。お……いや、僕の知り合いから人探しの依頼を受けまして。で、足取りを辿っていましたら、この店に来たかも知れないとの情報を掴みましてね」

「人探し……ですか? でも……ムッシュは確か、貿易会社にお勤めだったのでは?」

(ぼ、貿易会社⁇)

「確か、あの日はそのご商売で儲けが出たからと、全員にお酒を振る舞ってくださったのでしたよね。本当に楽しかったですねぇ……!」

(に、兄さんの馬鹿! 何をこんなところで……変な嘘をついているのです⁉︎ しかも……何ですか、その豪遊っぷりは⁉︎)


 彼の嘘が()()()の一環だった事を、当時は絶賛身柄拘束中(急行に缶詰)だったラウールが知る由もない。しかし、真実の一端さえ知り得ない彼にしてみれば、マスターの()()()は……どこまでも不都合でしかなかった。


「そ、そうでしたね……。まぁ、今日は少し寄っただけなのです。それで……この店に顔面蒼白で、不気味な感じの男が来ませんでしたか? 僕の商売仲間が、そいつにしてやられたようでしてね。知っていることがあれば、教えて欲しいのです」

「あぁ……ムッシュのお友達も、それはそれはお気の毒に……。私としては、思い出したくもありませんが……えぇ、えぇ! 存じていますとも! あの悪魔のような男の事は忘れたくても、忘れられません!」


 それなりに話を合わせて事情をでっち上げてみれば、見る見るうちに愛想の良かったマスターの顔が怒りで真っ赤になり始める。そうして、その()()がやらかした事を恨み節も絶頂とばかりに、白状してくださったところによると……彼は現金を持ち合わせないクセに、この店のブランディが気に入らないと乱暴を働き始めたらしい。カウンターの側面を蹴り付けてはヒビを入れ、剰え……店内の一角に積んであった酒樽を破壊して、中のウィスキーごと()()()()にしたそうだ。ラウールは酒の味に関しては、サッパリだが。例え出されたコーヒーの味が気に入らなくても、決して暴れたりはしない。そんな調子では、このマスターのお怒りはご尤もだろう。


「そうだったのですね……しかし、現金もないのに、マスターはそいつを()()で逃したのですか?」

「まさか! 警察を呼ぶと申しましたら、迷惑料と駄賃含みだと……小切手を寄越しましてね」

「その小切手……ちゃんと換金できましたか?」

「憎たらしい事に、きちんと換金できましたよ? ただ……本人の名前と小切手の署名が違うものですから、小切手の持ち主も被害者かも知れませんねぇ。私も最初は、知らなかったのですけど。小切手の持ち主は、有名なお医者様だとかで。ジョン・ブロディ様もお気の毒に……。きっと、あの悪魔は彼の小切手帳をくすねて悪さをしている、精神異常者なのです! あぁ、何と嘆かわしい!」


 ここで、ブロディと悪魔が繋がった……か。そんな事を考えながら、()()()()()()をいただく前に、もう1つの情報を引き出そうと、話を掘り下げてみる。マスターの話では名前と署名が違う、という事だったが。悪魔の名前はなんと言うのだろう?


「ところで、マスター。その()()の名前は覚えていますか?」

「忘れやしませんよ。エドゥアール・スカーシェという名前でした!」

「エドゥアール……ですか。ありがとうございます。では、最後に折角のブランディを頂きましょうかね。外に人を待たせているので、長居はできませんが……今日は貴重なお話が聞けて、嬉しかったですよ」


 そうしていよいよ……代金の銅貨4枚を添えた上で、覚悟と一緒にブランディをキュッと呷る。彼の飲みっぷりにマスターは上機嫌で囃し始めるが……琥珀色の悪魔(ブランディ)の余韻は、すぐさまラウールの意識をトロリと溶かしていった。

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