スフェーン・シークハウンド(7)
真昼の日差しは少々、黒い毛皮には厳しいものがある。そんな理由もあり……お寝坊気味のキャロルの代わりに、ジェームズの気がかりを確認するため、朝の散歩に出かけるラウール 。
頭上に広がる、明け切った空の青が濃いのを見ても……今日も容赦のない暑さになりそうだ。
【このアタリ。とても、イヤなヨカンする……】
「そう。不気味な男はこの辺りで……乱暴を働いていたのですね」
まだまだ時間も早いということもあり、人通りはまばらだ。そんな中でコソコソとジェームズの首輪の緩み具合を気にしてやるフリをして、彼の声に耳を傾ける。代役の散歩で確認したいこと……それはジェームズが見かけたという顔見知りの行方をある程度、絞るためだ。
対象の臭いの種類にもよるが、犬の嗅覚は最大で人間のおよそ1億倍。中でも、酸臭……汗等の酸っぱい臭いに対しては抜群の精度を誇る。その上、ドーベルマンはマズルも長めの大型犬。臭いを嗅ぎ分けるのは、得意な犬種と言っていいだろう。そんな自慢の鼻をフンフンと鳴らしながら……ジェームズがそれとなく、鑑識結果をポツリポツリと呟く。
【このニオイ、アタラしい……。まだ、チカくにいるかも……マチガイない。これは……ブロディのクスリのニオイ】
「……ブロディの薬?」
しかし、彼が探しているのは汗の臭いではなく、薬品の臭いらしい。言われれば、ジェームズが今の体になったのは、つい最近である。彼が生前の顔見知りの臭いを覚えているはずがないのだ。それなのに、不審者の残り香に彼が反応しているとなると……その薬品は微かな記憶にさえ残る程に、独特な臭いを放っていたという事だろうか?
【ブロディは……アダムズのケンキュウにテをカしていた、イシャ。だけど……キノウのヤツ、ミタメチガう。ナニか、おかしい】
ジェームズの囁きを要約するに、ブロディという人物は生前のジェームズがカケラになる事を望んだ時に、手助けをした臨床心理学を専攻する精神科医だったらしい。表舞台では医者として活躍する傍ら、裏ではアダムズと手を組み、宝石人形達の自我についての研究と実験をしていたそうだ。
【……こっち。ラウール、スコしウラミチ、ハイる。ダイジョウブか?】
「おや、今日はそっちのルートの気分なのですか? ……仕方ないですねぇ」
ジェームズに付き合って歩くこと、10数分。気がつけば、大通りから少し外れた、更に閑散としたやや荒んだ通りに出ている。この辺りは確か、酒場がひしめくキャバレー街だったと思う。そんな場所でクイと引かれたリードに合わせる様に、それとなく自然な返事をしてみれば。鋭いライムグリーンの視線で、目配せをしてくるジェームズ。彼の視線が意味するところは、荒事になるかもしれないから覚悟しろ……と言ったところか。
さてさて、この先にはどんな景色が待っているのやら。何気ない爽やかな朝の散歩を取り巻く空気が、やや火照り始めた気がするのは……夏の熱気のせいだけではないだろう。




