スフェーン・シークハウンド(6)
いつも通りの時刻に、出勤したはいいが。警部のデスク横に、浮ついた様子の見慣れない少女が立っているのが嫌でも目に入る。きっと、彼女の方もモーリスが驚いているのに気づいた……という訳ではなく。自身の興味が抑えられないといった様子で、一方的にこちらに食いついてきた。
「あなたは、叔父様にどのようなご用でいらしゃったのです? もしかして、人探し? それとも、浮気調査? あっ、でしたら、喜んでお手伝いしますよ!」
「え……っと。そういう訳でもなくて、ですね。いつも通り、朝のご挨拶にお邪魔しただけなんですけど……。警部、おはようございまーす……」
「あぁ、おはようさん。すまんな、モーリス。朝から騒がしくて」
さも疲れたと……ため息を溢しながら、ホルムズ警部が説明してくださるところによると。彼女は彼の妹の娘……つまり姪っ子になるらしく、怪盗紳士・グリードの噂を聞きつけ、遥々スコルティアからロンバルディアへやってきてしまったそうだ。
「申し遅れました! 私はシャーロット・ホルムズ。名探偵です!」
「あぁ、それはご丁寧にどうも……。僕はモーリス・ジェムトフィアです。あなたの叔父様の部下ですよ」
「そ、それはそれは……! これは……もしかして、事件ではなくロマンスの予感ですか⁉︎ 叔父様、警察のみなさんって本当に格好いい人が多いんですね! ママの小説通りです!」
「……すまん、シャーロット。少しばかり、黙っていてくれんかね。クリスティーも何の便りも寄越さずに、外泊先に私の家を利用するのだから……全く」
「すみません、警部……。状況が今ひとつ、よく分からないのですけど。ただ、もしかして……彼女のお名前、妙に有名な探偵に似ているのって、何か含みがあります?」
「含みがありすぎて、私もついていけん。推理小説マニアのこの子の父親が、かの名探偵の大ファンでな。それで、畏れ多いことに……娘の名前に有名すぎる名探偵、シャーロック・ホームズを模倣しおって。で、シャーロットの母親……私の妹は恋愛小説作家なもんだから。両親の影響をドップリと受けた結果、推理と恋愛の真似事にと終始、この調子なのだよ。あぁ、1つ言っておくと。シャーロット、モーリスは婚約者が既におる。この秋に結婚予定だから、ロマンスの予感も一切ないぞ」
「そ、そんなぁ!」
このテンションで息つく間もなく付き纏われたら、さぞ疲れるだろうな……。どこかあしらう様に、何度も彼女に早く帰るように促しているのを聞く限り、きっとホルムズ警部は彼女を振り切れずに、仕方なしに出勤してしまったのだろう。そんな事をやや呆れ気味にモーリスが考えていると、更に状況を悪化させるかのように、余計な登場人物が背後から乱入してくる。どうしてこうも……ロンバルディア中央署は曲者が集まってくるのだろう。
「モーリス・ジェムトフィア君!」
「えっ……あっ、ブキャナン警視……。おはようございます……」
「うむ、おはよう。ところで、その君の結婚式だが。いつ頃になりそうかね?」
「まだ、具体的な日取りは決めておりませんし……何より、式自体も大掛かりにするつもりもありません。近しい親戚と友人を招く程度のつもりでいますから、警視のお時間を取らせるつもりはありませんよ」
あなた達の参列だけは、平にご遠慮いただきたいです。それとなく、隠されたメッセージを匂わせてみても……どこまでも強引な権力の亡者は、目の前のチャンスを取り逃すつもりもないらしい。ブキャナン警視もまた、非常に暑苦しい様子でモーリスに付き纏ってくる。
「何を水臭い事を言っているのだね⁉︎ 私も是非、参列させていただくよ!」
「そ、そうですか……。でも……」
「娘も楽しみにしていたし、弟君にもよろしく伝えてくれたまえ」
「……」
それが1番、迷惑なのですけど。
流石に実の兄の結婚式ともなれば、ラウールも今回ばかりは参列はしてくれるだろう。もちろん、モーリスもそうして欲しいし、ブランネルやヴィクトワールも含め、ソーニャの同僚も呼ぶつもりでいた。そんな錚々たる顔ぶれが揃う場所に、ホルムズ警部はともかく……ブキャナン警視だけは、絶対にお招きしたくない。そうして出勤早々、仕事以外の部分で頭を抱え始めるモーリス。彼の悩みのタネ達は、怪盗紳士の余熱よりも遥かにタチが悪かった。




