スフェーン・シークハウンド(4)
「あぁぁぁぁ! 取り逃した〜! 折角、事件の予感だったのにぃ!」
「あ、あの……事件の予感って、どういう事なのですか?」
女の子が無事、担架に乗せられて父親に付き添われて行ったのを、見送った後。最初に金切り声を上げていた少女が悔しげに地団駄を踏んでいるのを、何故か見守っているソーニャ達。この場合は、事件ではなく事故なのでは? ……という疑問を挟む余地もなく、犯人を取り逃したと大騒ぎする彼女をただ、見つめるしかないのだが。
「まぁ、女の子はお医者様も付いていましたし、この後はきっと大丈夫でしょう。そろそろ、私達も帰りましょう?」
「え、えぇ……そうですね。ジェームズはリードなくても、平気かな?」
人前では喋らない……そのルールをしっかりと理解しながら、キャロルの質問に犬らしく「ワン!」と返事をするジェームズ。そんな利発な同伴者を褒めるように彼女が頭をしっかり撫でてやれば、当のジェームズの方も嬉しそうに鼻を鳴らす。そして……あまりに賢く、美しい犬の様子に興味を唆られたのだろう。つい先ほどまで地団駄を踏んでいたのも綺麗さっぱり忘れましたと、彼女達に馴染もうと、少女がやや強引に自己紹介をし始めた。
「あぁ、申し遅れました! 私はシャーロット・ホルムズ。名探偵です!」
「あ、あら……探偵さんでしたの? だとすると、さっきの紳士を追ってらした……とか?」
「いいえ! ただの通りすがりです!」
「……そ、そうですか……」
自ら「名探偵」と胸を張る時点で、色々と大事な部分がズレている気がするが。彼女の唐突な自己紹介に名探偵ではなく、迷探偵なのではと2人と1匹が考えている最中、ある事に気づくソーニャ。そう言えば、婚約者の上司にも……同じファミリー・ネームの警部がいたような。
「ホルムズ……? あら、もしかして。お嬢さんのご親戚に警部さんとか、いらっしゃいません事?」
「おぉ! そちらのレディは叔父様のことをご存知ですか⁉︎」
「叔父様……?」
そんな気づきを与えてしまうと、お喋りが止まらないとばかりに、一方的に話始めるシャーロット。彼女のご説明によると……敬愛する叔父様が頭を悩ませている噂の怪盗紳士の逮捕に一肌脱ごうと、スコルティアのブレッド街からここ、ブランジュリー街へやってきたとの事だった。
「もぅ! 叔父様ったら、そんなに面白そうな……じゃなくて、探偵の力が必要そうな相手がいるんだったら、もっと早くに呼んでくれたらよかったのに! 悪党を暴き出して、白日の元に引きずり出すのは、名探偵の仕事ですッ!」
「あの、別に……例の怪盗さんは悪い奴じゃないですよ? 確かに泥棒はいけない事でしょうけど、たくさんの人を助けている時もあるみたいですし」
「おやおやおや? そちらのお嬢さんは、泥棒の肩を持つのですか⁉︎ 泥棒は犯罪です! しかも、毎回毎回警察を馬鹿にしている嫌な奴とかで……クゥゥゥゥ! 許すまじ!」
確かに、泥棒は歴とした犯罪だ。彼はそれをライフワークと称してはいたが……それが悪い事なのは、紛れもない現実でもある。
(どうしよう。でも、それができないと……ラウールさんは困っちゃうのよね……?)
俄かにそんな事に思い至って、小さなジレンマに頭を悩ませ始めるキャロル。そして……そんな飼い主の不安に目敏く気づいたのだろう。ジェームズがスンスンと鼻を鳴らして、帰ろうと促す。
「あっ、そうだ。ジェームズもお腹、空いているよね。あの、シャーロットさん。私達はこの辺りで失礼します。ご機嫌よう」
「えぇ⁉︎ 私もそっちのワンちゃんに興味があるんですけど! ちょっと触らせて……」
【グルルルルッ……!】
「ヒャッ⁉︎」
強引に自分を撫でようと伸びる手を、しっかりと牽制するジェームズ。どこまでもキャロルと甥っ子の味方でもある彼がきちんと空気を読んで、シャーロットを拒絶するように唸り声を上げてやれば。間抜けにヒョコッと飛び退くシャーロット。そんな終始、ある意味でユーモラスな姿に……いよいよ呆れるしかない。
「……すみません、シャーロットさん。うちのジェームズは番犬ですの。ですから、他所様に無駄に振りまく愛想は持ち合わせておりませんわ。ご機嫌よう」
「あっ……ご機嫌よう……」
最後にいよいよ、彼女達にも取り残され……ポツンと1人、力なく手を振るシャーロット。それでも、尚……どこからどう考えても迷探偵でしかない彼女に、面倒なものを感じるキャロル。あのテンションで彼女が近づけば、人見知りも激しい怪盗紳士の尾を思いっきり踏みつけそうな気がする。




