虚な石座とホワイトドラゴン(5)
思いがけない異形との邂逅で沈みきった空気を吹き飛ばそうと、中庭に出ようと提案するムッシュ。次の面談希望者は今、ヴランヴェルト城の中庭を住処として、悠々自適に暮らしている……という事だが。
「住処が中庭、ということは……また相手は人じゃないんですか?」
「流石、ラウちゃん。分かっとるの」
「そんな事で褒められても、ちっとも嬉しくありません。全く……これ以上、キャロルに変なモノを見せるのは、よしてくれませんか」
「大丈夫ですよ、ラウールさん。私は平気ですから」
「ゔ……左様ですか? なら、いいですけど。それにしても……キャロルはどうして、俺以外にはそう優しいのでしょうね? 冷たいのは、キャロルも一緒ではないですか……」
この場で1番気落ちしているのは、紛れもなくラウールその人らしい。おそらくジェームズ相手でさえも、キャロルが優しく接したのが、気に入らなかったのだろう。その気に入らないついでに、ムッシュの部屋でのやりとりを蒸し返しつつ、盛大に拗ね始めるものだから……やはりどこまでも、彼は面倒臭い。
「まぁ、それはさておき……あぁ、丁度お帰りの時間かの。イノセントちゃん、調子どう? ご機嫌いかが?」
地の底でのたうち回るラウールの傷心など、どこ吹く風と……彼とは対照的にカラリと明るく手を振りながら、中庭の住人に声を掛けるムッシュ。そして、呼びかけに応じて舞い降りたのは紛れもなく、あのブランローゼ城で捕獲したはずの白竜だった。
【ムッシュ、ごキゲンよう。おカゲさまで、ゲンキですよ? ……って。あぁ、キャロルではナイですか。ゲンキそうでナニよりです。それと……そちらは、あのトキのイケスカないクロいヤツですか?】
あの時のいけ好かない黒い奴。
拗ねているところに、1人だけ除け者にされたように邪険にされると、ますます落ち込むではないか。どうして、自分ばかりがこうも、冷たくあしらわれるのだろう。
「どうじゃ、凄いじゃろ? 伝説のドラゴンが庭にいる城なんて、世界中探しても、きっとここだけじゃ〜!」
「えぇ、確かにそうでしょうが……一体、何がどうなって、彼女がこんな所で放し飼いにされているのです?」
【ハナシがいではナイ。ワタシはここで、ギンガにカエルためのチカラをタクワえることにした。ムッシュはワタシをリヨウするのではなく、キョウゾンするコトをエランだ。ただ、それだけのコト。それはソウト、キャロルもブジでナニより。そのゴ、どうだ? ダイジョウブでしたか?】
銀河に帰るため……意図するトコロを聞き出したいと思っていた矢先に、話しかけるタイミングを逸するラウール。彼女にしてみれば、彼は全くもってお呼びではないらしい。まるで存在が目に入らぬとばかりに、親しげにキャロルの方に鼻先を寄せては、目元を緩ませ、既に嬉しそうに会話を弾ませていた。
「イノセントさんも無事だったんですね。あぁ、良かった……!」
【フフフ、こうしてサイカイできてウレシいです。そうだ、イッショにソラをトビませんか? クモのウエはとてもキモチがいいですよ?】
「……空中散歩はこの間してきたばかりですから、間に合っています。さ、キャロル。用事も済みましたし……そろそろ、帰りますよ!」
彼女をこの場から連れ去られては、いよいよ蚊帳の外に放り出される。そんな思いからか、ややむくれながら、ワガママを言い出すラウールの様子を見つめると……これ以上の意地悪はやめておいた方が賢明だと、考えるキャロル。そろそろきちんと構ってやらないと、この状態で不貞腐れた彼が非常に面倒な事は彼女とて、しっかりと織り込み済みだ。
「イノセントさん、お誘いは嬉しいのですけど……今日は長居してしまったので、そろそろ帰らないといけないのです。機会があったら是非、背中に乗せてくださいね」
【そうか、それはザンネン。しかし……キャロルは、あいつとイッショにカエルのですか?】
「えぇ、そうですよ?」
【あいつ、イケスカない。キャロルにもイジワルをするにチガイないと、オモうのです。ホントウにダイジョウブですか?】
どこまでもいけ好かないと散々言われては、これ以上落ち込む余地もない程に気落ちするラウール。そもそも、どうして彼女はここまで自分を目の敵にするのだろう。やはり、あの時の鎮め方が気に入らなかったのだろうか?
「ご心配くださり、ありがとう。大丈夫ですよ。ラウールさんは確かに意地悪ですし、嫌味な部分もたくさんありますけど。でも、悪い人じゃありませんから」
「……フォローはとってもありがたいのですけれど、キャロル。ただ……それ、ほぼほぼ悪口ですよね……?」
「そうですか?」
彼女の意地悪を詰るラウールに対し、余裕の表情で嬉しそうにクスクス笑い始めるキャロル。そんな彼女の様子に、この場合は悪い人ではないとお言葉を頂けただけでも、良しとするべきか……と仕方なしに諦める。
そんな事をため息まじりで考えながら、ラウールが手を差し出せば。今度ばかりは、キャロルも素直に応じて見せる。そうして、2人並んで一礼して去っていく彼らの背中を見送った後。その場に残された老人と竜神とで顔を見合わせれば、どちらともなく笑いが溢れた。
(あれでは、どっちが保護者か分からんのぅ。ま……その辺りはもう、拘らなくてもいいかの)
予想外の微笑ましい光景を噛み締めながら、そっと隣の白竜の鼻先を撫でるムッシュ。そうされてイノセントの方も嬉しそうに喉を鳴らしながら、真っ白な体を横たえた。
深々と茂る、足の長い芝生の上。そんな柔らかな温もりの中で、穏やかな光景の余韻に浸りながらのお昼寝も悪くないと、イノセントに身を預けては……ウトウトと、微睡むムッシュだった。




