虚な石座とホワイトドラゴン(4)
まずは前座から、なんて言うと失礼だが。ラウールの気を紛らわせる意味でも、キャロルの面会を済ませた方がいいだろうと、そそくさと1人目の面談へ誘うムッシュ。そんなムッシュが自前のカードキーを使っているのを見る限り、1人目は研究機関の方の住人らしい。ポツポツとキャロルに研究機関のあらましを説明しながら、面会相手について事前の紹介をし始めた。
「……グスタフ様のお父様……?」
「ふむ。最近は少々お喋りなものだから、余もあれの話に耳を傾けていたんじゃがの」
「って、ちょっと待ってください。ジェームズ様は確かロンバルディアの方にいたはずでは? それがなんで、ここにいるのです? というか……その彼がキャロルに何の話があると……⁉︎」
「ラウちゃんの言い分はよーく分かるよ? 何せ、グスタフがあんな風になってしまったのは、間違いなくジェームズのせいじゃろうし。じゃからの、その事もあって少し前にこっちに移したのじゃ。……あそこはジェームズにとって、神経をかき乱される場所だったみたいじゃしのぅ」
そんなジェームズはグスタフの顛末を聞かされて、酷く落ち込む以上に、何かを思い立ったらしい。息子がサラスヴァティを与えてまで固執した少女に話をしたいと頻りに言い出したので、ムッシュとしても手に余って、こうしてキャロルを呼んだということだった。
「……そう言えば、サラスヴァティとはどんな宝石なのですか? 色味からするに、サファイアの類だと思いますけど……」
「ブランローゼ家で所収していた、曰く付きのサファイアじゃの。持っている者に不幸を齎すと言われる宝石じゃから、丁重に封印されておったのじゃが。何を血迷ったのか、ジェームズの忠告を無視してグスタフはその禁を解いたみたいじゃな。……サラスヴァティをブランローゼで保管していたのは、それとセットで連れ出されていたイノセントの力で、呪いを押さえ込んでいたからなのじゃ。そして、その出所は……ふむ。ここで話す必要もないかの」
何かを隠すように言葉を濁しては、はぐらかすムッシュ。一方で、欠けたキーワードに必要以上の含みを嗅ぎ取って、ラウールは苦々しい気分にさせられていた。この場合は間違いなく、グスタフも彼の被害者の1人になるのだろう。
「ジェームズ、生きとる? ほれ、お前さんが会いたいと言っておった、キャロルちゃんを連れてきたよ」
【キャロル……? あぁ、ダレでしたッケ?】
「もぅ、とぼけるのはよさんかね。お前さんが会いたいって、言ったんじゃろ〜?」
【……アイたい、グスタフ……ドウしてる?】
辛うじて自我はある……以前に、そんな事を言われた気もするが。ムッシュとのやり取りでさえ、噛み合わずにチグハグな様子を見ても、彼の自我は擦り切れる寸前のようだ。しかし、目の前で弱々しい声色で語りかけてくるジェームズの成れの果ては、その程度の言葉で済まされるような生易しいものでもない。この姿は明らかに……。
「ムッシュ、これはどういう状況なのですか? これはどう見ても……」
「分かっておるよ。ジェームズはカケラとして生まれ変わる事を望んだが、適性が全くなかったみたいでの。あろう事か、彼を実験台にした奴は……ジェームズの脳に核石を埋め込んだのじゃ……」
核石が心臓に馴染まないのなら、体は諦めるしかない。そうして、この狂気の沙汰を実行した相手……アダムズは核石の方を体に見立てて、彼の精神だけを乗せる方向性を見出したのだろう。しかし……。
【あぁ、アタマがイタい……。グスタフ、グスタフ……】
(頭が痛いも、何も……)
脳の一部しか残されていない、試験管に漂う緑の小さな生命体らしきもの。古い記憶は留めているのを聞く限り、大脳皮質は多少残されているという事か。何れにしても、彼の言う頭が痛いという現象はただの妄想か、全身に痛みを感じているかのどちらかなのだろう。そんなジェームズのあまりに痛ましい姿を慈しむかのように、キャロルが試験管に手を添えて、語りかけ始める。
「始めまして。キャロルと申します。えっと……グスタフ様はご不在なので、代わりにご挨拶に来ました」
【グスタフ、ゲンキ?】
「……すみません、それは分からないのです。私にサラスヴァティを預けたきり、いなくなってしまいましたので」
片腕の焼失に、全身火傷。どう考えても、あの状態でグスタフが生き延びているとは思えない。最後は意識を失っていたとは言え、クリムゾンの所業を受け入れたキャロルにも、それは十分に分かっているはずだった。しかし、それ以外の事は忘れましたとでも言うように、譫言で息子の名を呼ぶ彼に事実を赤裸々に告げるつもりもないのだろう。尚も穏やかに語りかけては、キャロルが彼を安心させようと言葉を重ねる。
「もしグスタフ様に会えたなら、どうしたいですか? よければ、ご伝言をお預かりしますよ?」
【アヤマる……バカなチチオヤでワルカッタと、ツタエたい……】
「……そう、ですか。でしたら、是非……自分の言葉で伝えないといけませんね。それを叶えるためにも、ずっと元気でいてください。そうだ! 今度、一緒にお散歩でもできるといいですね」
【サンポ、したい。グスタフ……アイたい。キャロル……オボエた】
弱々しく、生命の欠片すら感じさせない、消え入るような縋る声。それでも、確かに彼の中に新しくキャロルという登場人物が刻まれたらしい。あれ程までに息子の名前しか呼ばなかったのに……微かな声色は必死に、彼女の名前も呼び続けていた。




