虚な石座とホワイトドラゴン(3)
「私、普通の人間じゃなかったんですね……」
「えぇ、そうですね。だけど、それは俺も同じです。人間ではないけれど、生きてもいますし、感情もあります。ただ、本当の意味で人間と共に暮らしていけない……それだけです」
本当の意味で、人間とは暮らしていけない。それは、かつての養父が実践しようとして失敗した事。
本当の両親というものを持たないカケラ達にとって、家族の生活は憧れでもあるが……真似てみたところで、本当の意味で家族になんかなれやしないのだと、確かに鼓動する核石は意地悪く囁いてくる。そして、その不安を餌にして彼らは虎視眈々と、自分こそが顕在化する機会を狙っているのだ。
しかし、彼女も本当はこちら側の存在であると分かった以上、その部分に関して遠慮をすることもないだろう。相手が人間でなければ、カケラ同士での家族ゴッコは十分に可能なのだ。
珍しく、そんな事を前向きに考えて。2つばかりの面会の予定を、やや気落ちしているキャロルに提案するラウール。こうしてヴランヴェルトにやってきたのは、アリスに会いたいというキャロルのリクエストに応える意味ももちろんあるが、それとは別に、ムッシュからキャロルに会いたいと言っている者が2人もいるという、連絡を受けたからでもあった。
「ベニトアイトを預けるついでに、面会をお願いできませんか。どうしてもキャロルに会いたいとおっしゃる方がいるそうです」
「私に会いたがっている方、ですか?」
そんな相手、いたかしら。
心当たりがまるでないと、首を傾げるキャロルの手を引きながら、ムッシュの部屋を訪ねる。そうしていつもながらに、余暇を持て余しているらしいブランネルが可愛い孫の顔を見るや否や、嬉しそうに迎え入れてくれた。
「およ? ラウちゃんに、キャロルちゃんじゃないの〜。あぁ、早速来てくれちゃったのかね? ムフフ、余はとっても嬉しいのぅ!」
「前置きは結構です。この間のお仕事のご報告と、キャロルをオーダー通りに引き合わせに来ただけですから」
「あぁ〜……相変わらず、ラウちゃんはスレとるの。キャロルちゃん、これ、どう思う? 冷たくない? 冷たくない?」
「えぇ。私も、とっても冷たいと思います」
「……そうなのですか?」
キャロルのそんな返事に、仏頂面から急に不安そうな顔を見せては、キャロルを見つめるラウール。そうされて、キャロルの方も意地悪くプイとそっぽを向いたものだから、ラウールが普段の冷淡さには似合わず、ますます慌て始めた。そんな彼の劇的な変化に、いよいよ面白いとムッシュは腹を抱える。以前だったら、誰かにやり込められるのは良しとしなかったはずのなのに。それがこんなにも、慌てふためくなんて。
(……やっぱり、キャロルちゃんはやりよるのぉ。あのラウちゃんから、こんなにも感情を引き出すなんて)
「白髭様、何を面白そうに笑っているのです。とにかく、仕事の話とご用件を済ませてもいいですか?」
「もちろんじゃよ。ラウちゃんの話だったら、何時間でも付き合ってあげちゃう」
別に何時間もお邪魔するつもりはありません。腹立ち紛れにいつものツンツンした様子を取り戻しながら、ラウールが手持ちのトランクから真っ青な宝石を取り出す。そうして、差し出されたベニトアイトを見つめるものの。はて、これは何だろうと……ムッシュは首を傾げる。
「……ほよ? ラウちゃん、これ……何かの? ルーシャムで見つけたの?」
「何を惚けた事を。これの噂を嗅ぎつけたから、俺をルーシャムに派遣したのでしょ?」
妙に食い違う話を整理しようと、彼に預けようとしている宝石の出所と経緯を事細かに報告し始めるラウール。一方で、変な方向にサービス精神が旺盛らしい孫が、ついでにしては大きなお仕事を片付けてきたらしい事をしかと悟るムッシュだったが……。
「すまぬの。余は知らんよ、ベニトアイトなんて。ただ、ガルシアちゃんがど〜してもお仕事とは別に余にも観光に来て欲しいって、言っていたものだから。新しいホテルの視察に来てちょ、なんて言われても……余も忙しいし。だから、ラウちゃんだったらお仕事も視察も一緒にできちゃうじゃないと思って、行ってきてもらっただけなんだけど。どう? 名案じゃろ?」
「……そう、でしたか……。いや、俺もちょっとおかしいとは思ったんです。依頼内容にターゲットの前情報が何もなかったですし。ですが、ムッシュの無茶振りはいつものことだし、報酬も必要以上に多かったし……これは含みがあるのだろうと、俺なりに深読みしていたんですけど……? それがただの視察でした、ですって? それのどこが、名案なのですか……⁉︎」
(あっ、ラウちゃん……怒ってる? これ、もしかして怒ってる?)
余計な深読みと、過剰なお駄賃。その2つが揃った結果、業務内容の拡大解釈という勘違いが生まれ、結果として世にも珍しいベニトアイトの核石を持ち帰るという快挙を達成したというのに。その割には、可愛い孫は怒り心頭らしい。静かなあまりの剣幕に……ラウールはやっぱり扱いづらいと、改めて認識したムッシュだった。




