黒真珠の鍵(9)
「……いよいよ出陣、か。気を付けろよ、ラウール。今回は流石の僕でも、もの凄く嫌な予感がする」
「大丈夫ですよ、兄さん。……今日はマスクも特別仕様にしましたし、餌は向こうで用意してくれるでしょうから」
「餌……か。それは……例の鍵を使う時の話で、合っているか?」
「ご名答。あの鍵は一種の形状記憶素材でできているのは、間違いありませんが……俺の予想通りだとすると、あの質量だけでは扉を開くことはできないと思います。しかし……そんな事を言うってことは、兄さんもあれの正体に気づきましたか」
「まぁ、な……今回は僕も気になって、色々と調べてしまった。その中で……あのクロツバメ山脈では炭酸ガスだけではなくて、少し特殊な鉱物が産出することが分かってね。まさか、こんなに近くにそんなに危ないものが埋まっているなんて、思いもしなかった」
「そうでしょうね。あの鍵の本体は燃える水……高濃度タールを特殊加工で固めたものですが、本体が本領を発揮するのには相当の熱と……それを賄う燃料が必要になるはずです。きっとクロツバメの尾……深層部には大元の何かが埋まっているのだと思いますが、侯爵は警告の意味であんな所に黒真珠をあしらったんでしょう。黒真珠の意味には清楚だとか、礼節だとかっていうお上品な言葉が並ぶ中で、“水面下の活動”……なんてちょっと異質な内容もあったりします。……侯爵はもしかしたら、悪い奴らから夫人を助けようとしていたのかもしれませんね」
モーリスにそんな事を呟きながら、手元のドミノマスクの縞模様を丹念に白銀に塗り替え、額にとある石を嵌め込むラウール。その強烈な輝きに、彼が本気なのだ言うことにもモーリスは俄かに気付いて、息苦しくなる。
「久しぶりに、その紋様を見た気がするよ。それ……ダイヤモンドの装飾だろう?」
「流石は、俺の兄さんですね。そうです、この世界で最も高い硬度を持つ最強鉱石の紋様ですよ。……幸か不幸か、俺はこうしてマスクを経由して、その石の持つ特性を発揮できたりします。……その代わり、涙や血を流すことができなかったり、目の色が変わって珍しがられたりと……嫌な思いも散々させられてきましたが」
「だけど、その力があるおかげで……お前は思う存分遊ぶことができる。まぁ、兄の身としては、そのせいでお前が無茶をしっ放しなのが不満なんだけど。……少なくとも僕は今も昔も、その力も含めて自慢の弟だと思っているよ」
「フフ。結局、俺のことをきちんと分かってくれているのは、兄さんだけです。……さて、お喋りはここまでにして。そろそろ出かけないと、約束の時間に遅れてしまう。……予告状通りに参上するのが、怪盗紳士とやらの最低限の嗜みでしょうから」
最後はいつもの悪戯っぽい笑顔を見せながら、シルクハットとマスクを身に着け、黒いマントを着込むグリード。そんな彼表情に、明日の朝食は1人きりで摂ることになりそうだと……モーリスは精一杯の笑顔で、弟の背中を見送った。




