虚な石座とホワイトドラゴン(2)
手紙に式の日程と会場の住所を記載してあったのは、きっと彼女は噂の怪盗紳士にも参列して欲しかったから。そんな含みを預かった手紙に感じては、仕方なしに弟の代わりに、モーリスはロンバルディアの片田舎・マリトアイネスに足を伸ばしていた。
モーリス自身も彼女とは顔馴染みだし、何より結婚式に興味津々のソーニャに押し切られての飛び込み参列。とは言え、既に市役所と教会での手続きを済ませた後とあっては、彼らが到着した時点でパーティも大盛り上がりの状態。ジャルティエールはまだのようだが、そこかしこで躍り狂う参加者の姿が見える。
(この手紙を丸ごと預けてきたって事は、ラウールは彼女の事を綺麗さっぱり忘れるつもりなんだろうな……)
手紙の2枚目が同封されていた含みを、彼が気づかないはずもない。それでも、こうして頑なに彼女のお見舞いの方を選んだとなると、ラウールはルヴィアよりもキャロルを優先した、という事になるのだろう。それは暗に、彼がある種のノスタルジアへの拘りを捨てた事を意味していた。
6月も下旬の穏やかな昼下がり。夏の日差しを予感させる新緑の庭に映える、鮮やかな夕陽色の赤毛の花嫁。シンプルでありながら、彼女の可憐さを際立たせるウェディングドレス姿に、その場の誰もがホゥと、感嘆のため息をつく。
それは隣で感動したように彼女を見つめているソーニャも同じみたいだが、時折羨ましげに「いいなぁ」と呟かれると、モーリスとしては居心地が悪い。そうしてややバツの悪い気分になっているモーリスに、先方も気づいたらしい。とても嬉しそうな笑みを見せながら、新郎と一緒に主役が挨拶にやってきた。
「あぁ、警部補さん。来てくださったのですね!」
「お久しぶりですね、ルヴィア様。この度はご結婚、本当におめでとうございます。弟も心より祝福いたしますと、申しておりました」
「ありがとうございます。……えぇと、弟さんにも是非にお礼を伝えてくださいますか。素敵な髪飾りをありがとうございました、と」
「まぁ、確かに素敵な髪飾りですけど……もぅ、ラウール様も隅に置けませんね。結婚を控えた花嫁に、抜け駆けでリストドマリアージュを無視した贈り物をするなんて。そんな事をするくらいなら、きちんとお祝いに駆けつけるべきでしょうに」
「……ソーニャ、こんな所でラウールを悪く言わなくてもいいだろう。それはあいつなりの照れ隠しなんだよ。……って、あぁ。失礼しました。新郎さんにも、きちんとご挨拶をしないと、いけませんよね」
ソーニャの突然の膨れっ面に呆気にとられている新郎を慰めるように、モーリスが細やかにその場を取り繕う。そうしてしっかりとフィアンセだと紹介されて、殊の外、ご機嫌を急上昇させるソーニャ。そんな彼らの様子に、クスクスと嬉しそうに美しい笑みを溢すルヴィアだったが。何やら、新郎としてはゲストの弟の存在があまり気に食わないらしい。ある意味で、当然の質問をモーリスに投げてくる。
「ところで、その……ラウールさん? ですか? ……ルヴィアとは、どういう関係だったのですか?」
「えっ……あぁ。彼女のお祖父様にお仕事をいただいた際に、顔見知りになっただけですよ。弟は宝石鑑定士をしておりまして。アンティーク品の鑑定を依頼されたとかで、しばらくお邪魔していたことがあったみたいですね」
「ふーん……」
差し障りのないモーリスの作り話に、妬いているの? と新郎に可愛い笑顔を見せては、調子を合わせるルヴィア。可憐な花嫁の笑顔を曇らせてはいけないと、そんなことないさ……と、新郎も陽気に返事をしてみせるものの。間違いなく、彼にとってラウールは面白くない相手なのだろうと、モーリスは思い至る。
(あんなに堂々と他の男の贈り物が花嫁の髪を彩っていたら、それはそれは、気に食わないよなぁ……)
ラウールは本当に、底意地も趣味も悪い。彼女の赤毛を何よりも美しく際立たせるそのバレッタは、彼なりに趣向を凝らし尽くした物らしい。中央に咲き誇るように鎮座する白薔薇にはエメラルドの葉と、ダイヤモンドの蕾が添えられており……日差しを浴びては、何かを主張するかのように鮮烈な輝きを見せていた。
モーリスには宝石の価値はよく分からないが、ダイヤモンドの出所自体が年代物のカメオ・アビレだった事を考えても、かなりの値打ち物だろうと思う。選りに選って、花嫁に結婚指輪以外のダイヤモンドを3粒も贈る必要はないだろうに。白薔薇相手に、何の意地を張っているのやら。
「結婚式って、本当にいいですわね。私もそのうち、素敵なウェディングドレスを着てみたいですわ」
「……ごめんよ、ソーニャ。それに関しては、もう少し待ってくれるかな。引っ越しの話とかも、ラウールとしないといけないし」
「あら、珍しい。モーリス様が私の寝言を覚えていてくださるなんて」
さも驚いたとばかりに言われてしまうと、ますます肩身が狭い気分にさせられるモーリス。それでも尚、幸せそうな新郎新婦の姿を見つめては……彼女と幸せの時間を共有するのも悪くないと、思い直すのだった。




