虚な石座とホワイトドラゴン(1)
【作者より】
気づいたら、いつの間にか200話を超えていました。
元々は別の小説の延長(しかも原題では児童書のつもりだったのですけど……)で書いていたのですが。あれやこれやと、設定を盛り込み始めた結果……作者の勢いが止まらなくなりました。
そんな意図せず盛ってしまった設定を整理する意味でも、補足パートを入れます。
例によって後日譚の意味合いが強いですので、普段以上に盛り上がらない予定です。すみません。
ベッド脇のサイドテーブルにお行儀よくお座りしている、「怪傑・サファイア」のビスクドール。その人形を、どこか娘を慈しむかのように抱き上げる、蒼白な腕。腕の主は自力で起き上がるのもやっとだが、それでもしっかりと維持している意識の中で、懐かしい面影を思い出しては彼女を胸元に手繰り寄せる。
そんな彼女に来訪者がいる事を告げる、軽やかなノックの音。まさかこの年で人形遊びをしているのかと思われるのは癪だが、体裁を取り繕う間も無く反射的に返事をしては、すぐさま後悔をするサファイアのカケラ、個体名・アリス。そのアリスの返事を受け取って、病室にやってきたのは……彼女が安否を何よりも気にかけていたキャロルと、彼女の保護者を買って出た若い宝石鑑定士だった。
「お久しぶりですね、サファイア……あ、いいえ。アリスさん。その後、いかがですか?」
「見りゃ分かるだろ? この通り、生きてはいるよ」
そうですか、それは何よりです。
相変わらずの強気な返事の端に、彼女の自我は確かに健在であることを、1つの安心材料にしたのだろう。連れ立ってやってきたキャロルにも挨拶を促すと、自身は自然な様子でベッド脇のスツールに腰掛ける。しかし……その変化をすぐに見抜けないほど、アリスは落ちぶれてもいない。キャロルの急成長に1つの事実を悟るとすぐさま、挑むようなひび割れた視線を宝石鑑定士……ラウールに投げかけては、彼を責め立てる。
「お前、キャロルに何をしたんだい? 一体……この子に何を乗せたんだ⁉︎」
「やはり、キャロルの変化の理由をあなたはご存知なのですね。こんな事になったのは、俺の落ち度でしょう。それは素直に謝ります。ですが、キャロルの仕組みを俺は何も知らなかったのです。もしよければ……」
「それを知って、何をするつもりだ? 大体、キャロルだって自分の仕組みを知らなかったはずなのに……それが、どうして⁉︎」
「マム……怒らないで。この状態になったのは、私のワガママの結果なの。だけど……」
「……マム、ね。なんだか、そう呼ばれるのも懐かしいよ。だけど、その呼び名は修正しないといけないか。そう。お前は……台座に石を取り込む事を覚えちまったんだね……」
涙を流すこともできない、ひび割れた青い瞳。しかし、感情に伴う雫がなくとも、彼女が心底悲しんでいるのは明白で。それでも、かつての保護者の責任を放棄するつもりもないのだろう。ポツリポツリと……アリスがキャロルの秘密について、白状し始めた。
「キャロルは元々、私の飾り石として生み出された存在……だったはずなんだけど。ただね、性質を取り合うはずだった私の片割れはなぜか、その性質を何1つ取り込もとうはしなかった。まぁ、それも今思えば……仕方ないのかも知れないね。何せ、私達が与えられたのは貴重ではあるけれども、大きさは十分ではなかったサファイアの核石だったのだから」
分母が少なければ当然、自然と片方は未熟な状態でしか成長できない。その上、何かを悟ったように後のキャロルは……因果を全て拒むかのように、性質量0で息だけをしている状態で覚醒したのだった。一方で……限られていたはずの核石の性質をあるだけを全て取り込んだアリスは、「宝石」として60%程の性質量を持つに至ったが……。
「飾り石でさえもないこの子は、すぐに息を引き取るはずだった。だけど、キャロルはきちんと生き延びて見せてね。……試験槽から出してもらえないまま、ずっと保管されていたんだ。ただの試験体として……ただの、イレギュラーのサンプルとして。そして、私はこの子の境遇が許せなかった。だから、あの忌々しいガラス管を木っ端微塵にして、キャロルを連れて外に逃げ出したのさ。自由になるんだ、売り飛ばされちまう前に。その時はそれしか考えていなかったんだけどね。だけど……外の世界は夢に見ていた程、甘いものでもなくてさ」
自由の代わりに得たのは右も左も分からない、荊の道。それでも……赤子のままの片割れを抱えながら、彼女は必死に走り抜いた。例えそれが荊の道であろうとも、その刺で足を傷つけられようとも。確かに走る痛みは、ただのお飾りとサンプルとしての一生を受け入れるよりは、遥かに真っ当な命の在り方にさえ、その時のアリスには思えたのだ。
そうして、道さえも分からないなりに辿り着いた街で知り合った養父。彼はその存在の偉容に驚きこそしたものの、アリスに興味がそそられる部分もあったのだろう。彼の元に身を寄せることで、ようやく手に入れたそれなりの生活。しかし、日常が軌道に乗り始めた頃。今度は……生活の礎そのものが崩れ去ろうとしていた。
「知っての通り、この子の養父……ルイス・リデルは生前に莫大な借金を抱えちまってね。そして、ルイスはあろう事かキャロルを売り飛ばして、借金を精算しようとしたのだけど。だけど……売られ先でこの子は本領を発揮させられる事になった。それが……紛い物のパパラチア・サファイアを取り込んでの成長だったのさ。紛い物とはいえ、鉱石は鉱石。しかも、一応のコランダムの飾り石として生み出されるはずだったこの子は、紛い物さえも取り込んで……少しばかり、大きくなって帰ってきた」
表向きはタラントの温情で帰還を果たしたキャロルの一方で、宝石人形として使い物にならないと判断されたキャロルの売却に失敗したルイスは、その不出来を自らの命で贖う事になった。そうして、残されたキャロルはタラントの提案に沿って、2代目のサファイアとしてコーネの街を逃げ回る役を与えられたのだが。
「私は帰ってきたキャロルの姿を見て、確信したよ。そして、あの研究所であいつらが言っていた事の真意を思い知ったんだ。この子は性質量0で生み出された、新しいカケラの形……ホロウ・ベゼル。自らの台座に複数の石を乗せる事で成長と進化を遂げる、虚な石座だったんだ」
本来、カケラは与えられた核石で性質や硬度が大きく左右される。当然ながら、貴重な核石を用いれば用いる程、性能を高める事ができる一方で、核石そのものが心臓でもある彼らの性能の挿げ替えは絶対にできない。
そんな中、偶然の産物で生まれたキャロルは、後乗せで鉱物を取り込む事で性能の上書きを可能にした……パーフェクトとは真逆を示すイレギュラー種だった。




