空を飛ぶベニトアイト(26)
「……キャロル。ところで、それ……何ですか?」
「ハシビロコウですよ?」
「いえ、そうではなくて。どうして、そいつがこんな所にいるんですか⁇」
「ふふふ、いいでしょ? ジョゼットさんにご報告とご挨拶をした時に、旅のお土産にと頂いたのです。それと、今後は彼女と文通もする事になったんですよ?」
あぁ、左様ですか。
そんな風に、いつも通りの拗ねた様子で答えるけれど。結局、言葉の鎧を脱ぐ事はできないみたい。
相変わらずの慇懃な言葉遣いのままで、スペクトル急行の個室のテーブルで睨みを利かせている灰色の怪鳥相手に、同じ仏頂面で睨み返すラウール。席の向かいで眉間にシワを寄せている彼の様子を、ここぞとばかりに面白がりながら……キャロルは今回のルーシャムでの出来事を思い返していた。
ガルシアさんの手元にやってきたベニトアイトは、メベラス山脈で見つかったものではなく、海鳥が吐き出したものでした。そして、珍しい宝石を得るためにウィンターズの社長夫婦は密猟と盗掘をしていて……正当性を偽造するために、お役所で無理を通していたのです。だけど、コリンズさんの方が欲を出したばっかりに、アンジェリークさんは実は20年前程にコリンズさんに殺されていました。……そのコリンズさんもラウールさんが不正を見破ったから、会社の窓から飛び降りて自殺したの……。
(表向きはそんな事になっていますけど……。本当はそうじゃないんですよね……)
ラウールはガルシアへ。キャロルはジョセットへ。仲違いの顛末をそれぞれに報告した結果、ウィンターズはガルシアが個人的に買収する事で、1つの幕引きを見出していた。そして観光産業へ力を入れる傍ら、自然保護にも改めて取り組む事に決めたらしいガルシアは、しっかりと産地も追記された鑑別書付きでベニトアイトをジョゼットに返還したそうだ。
おそらく、その紳士的な振る舞いに、心象を良くしたのだろう。ラウールは最後にちょっとした対価として、滞在したホテルのチェックアウト時にしっかりと“Raoul Rombardia”と自署をしてお墨付きを与える事にしたらしい。あんなにも、ロンバルディア姓を名乗るのを嫌がっていたのに。彼の振る舞いには随分と現金なものだと思わざるを得ないが、気まぐれの対価は自慢のホテルの箔付に余念がなかったガルシアを大いに喜ばせたのも、1つの事実ではあった。
そんな一幕があってから、こうして何食わぬ顔でロンバルディア行きの急行に乗り込んでいるものの。あの断罪の時にコリンズの喉から見つかったのは……クゥクゥとか弱く啜り泣く、ベニトアイト。そんな歴史の裏に隠蔽されるべき存在をひっそりと持ち帰りながらも、今日はカモメではなくハシビロコウと睨めっこをしているラウール。そして、しばらくそんな膠着状態を続けた後で……仕方ないとばかりに、諦めたようなため息をつく。
「……俺、そんなにもこいつに似てますか?」
「えぇ、私もそう思います。今は寝癖がないから、完全にそっくりじゃないですけど……顔つきはおんなじです」
「ゔっ……そうなのですね。でしたら、こいつのそっくりさんを卒業するには……どうすればいいですか?」
「笑えばいいのです。……不安を抱えきれなくなったら、素直に誰かにお話して、一緒に笑い飛ばしちゃえばいいのです。だから……そのお話相手くらいには、なってあげてもいいですよ」
キャロルの好意的な申し出に、驚いたように目を丸くした後、ラウールが急に恥ずかしそうに顔を赤らめて俯き始める。その意外過ぎる反応に、やっぱり変なところは不器用なのだから……と往路とは異なり、大きな窓越しの盛夏への移り変わりの季節に茂る新緑を見つめては、頬を緩ませるキャロルだった。
【おまけ・ベニトアイトについて】
アメリカのサンベニトでしか産出されない、非常に希少なレアストーンです。
モース硬度は約6.5。石言葉は「天性の気品」など。
ガラス光沢と淡い水色から深いブルーまでの色彩を持ち、見る角度によって色味を変える「多色性」をもつ宝石でもあります。
現実世界では産出自体はアメリカ以外でも例はあるものの、宝石としての価値があるものはディアプロ鉱山でしか発見されておらず、その上、鉱山自体も稼働が100年ほどしかなかったことから、今では新規採掘もされていない幻のレアストーンでもあります。
尚、その「サンベニト郡(カリフォルニア州)」の由来はキリスト教の守護聖人・聖ベネディクトからとのことで、オカルトマニアでもない作者としても、なんとなくベニトアイトがそんな場所でしか見つからない事にちょっとした奇跡を感じたりもするのです。
……まぁ、そんな非科学的な事はどこまでも妄想でしかないんですけれども。
どう頑張っても手の届かない宝石相手に、夢を見るのも一興だと思う、今日この頃であります。
【参考作品】
『カモメのジョナサン』
『ダーク・シャドウ』
やや反則だとは思いつつ、スパッと同名で引用してしまった方が話の通りが早いと思い、このような状態になりました。
……やはり、名作の輝きは偉大であります。




