空を飛ぶベニトアイト(25)
メベラス山脈の裾野に広がる、鬱蒼とした大森林。初夏の日差しさえもを易々と遮る緑深い森の中で、力なく横たわる青い怪物が1匹。そんな怪物はどうやら、気絶している……訳ではなく、喉を押さえつけられるような何かの衝撃を抱えたまま、動けないでいた。身体中を蹂躙するかのような、微かな光の束。その虹彩が煌めくたびに、身を締め上げる拘束の強度が増していく。
「お迎えが遅くなってすみません。この距離でしたら、すぐに見つけられると思っていたのですけど。メベラスの森は懐が深いから、いけない」
【……!】
お前はさっきの。そう言いたくても、言葉さえ絞り出せない。自分の身に起きたあからさまな非常事態の理由さえも分からない怪物相手に、どこか意地悪そうに肩を竦めながら……目の前の男が粛々と一方的な尋問をし始める。
「大丈夫ですよ。もうあなたが言葉を必要とする場面は、今後一切ありませんから。とは言え……ジョナサンが宿していた大元の核石の場所は、今すぐ吐いていただかないといけないのです。もし仮に、彼が死際を見定めて納得していたのあればいいのですが……あなたの様子を見る限り、そうではないのでしょう? 最期の道連れの輝きは、カケラの最終段階。そうしていよいよ砕け散ったのであれば、それはそれで問題ですけど。ただ……あなた達はそうなる寸前に、ジョナサンの腹を捌いたのではないですか?」
そうやって彼の身から産出されたベニトアイトは、既に灼熱を帯びて触れられる状態ではなかったはずだ。しかし、彼らは警告さえも無視して、禁断の青に触れてしまった。だからこそ、彼は不完全な状態での再現……中途半端な仲間入りになってしまったのだろう。
「ガチョウの腹には本来、金塊はないはずでした。しかし、ジョナサンの腹……いいえ、心臓にはしっかりとその大きさに見合う核石が存在していたのでしょう。しかし、ね。カケラの核石は持ち主の意思を確かに宿す、呪いの宝石でもあるのです。ですから、きちんと所定の方法を用いて砕いてやらねばなりません。呪いをきちんと清めてやらなければ……お仲間を無作為に作り出して、収集がつかなくなります」
1カラット程のベニトアイトを吐き出している時点で、当時さえも、彼の苦痛と苦悩は相当のものだったはずなのに。それでも彼は高潔な魂に相応しく、最後の最後まで自分であることを諦めるつもりもなかった。だから、その翼で自分の死場所を見極めるべく、彼らを巻き込むまいと、空の彼方へ飛び去ろうとしたのだろう。しかし、最期の決断を阻まれ、人の手で屠られるという屈辱を与えられた事は……ただひたすら、魂への冒涜でしかない。
「あなたの不完全な鳥の姿は、呪いでもあるのです。本来、来訪者のミニチュアは巨人の姿を経て……原初の姿へと退化します。ジョナサンがもし、カモメの姿のままその状況を迎えたのであれば、それは帰化を拒んだという自我の抵抗を意味します。だけど……あなた達は彼の高潔な抵抗さえも、人間だからという理由で踏みにじったのです。その呪いは易々と解く事もできないでしょう。何せ……ベニトアイトは特定の場所でしか産出されない、希少な宝石。折角、生前のジョナサンはベニトアイトがあまりに希少だという事を、身をもって説明してくれていたのに。……あなたは、それさえも無視したのですから。最初から元になんて、戻れやしません。薬をいくら飲んだところで、救われる事はないでしょうね。……さて、俺が与えてやれる説明は以上です。ご安心ください。あなたの悪事に関しては、それなりに片を着けておきますし……あなたの死因は悪事を暴かれたことによる、応接室からの投身自殺、という事にしておきますから」
最後に言い残す事は……あぁ、失礼。もう喋れないんでしたっけ。
終始人を食った様子で微笑みながら、いよいよ手元の銃口をこちらに向ける男。その横で、彼の相棒だと先ほど紹介された少女が彼とは対照的に、静かに目を閉じて祈りを捧げてくれているようだった。麻酔とも麻痺とも取れない、光の束縛。生まれて初めて感じる程の、強烈な煌めきの中で……ベニトアイトの出来損ないの生涯は、静かに幕を閉じた。




