空を飛ぶベニトアイト(23)
「あなたがこの部屋にやってきた時は、瞳は紫がかっていたように思います。しかし、今のあなたの瞳はどう見ても鮮やかなブルー……まるで、ベニトアイトのような見事な色変わりですね。……下手なお芝居は、その位にしませんか。きっと、ジョナサンの死際に巻き込まれたのは、奥様だけではなく……あなたもだったのではないですか?」
「……!」
最初から最後まで、必死な様子を見せていたのは妻のため……ではなく、自分のため。
仲違いはなかった? ありもしない浮気を仕立てて、彼女の不調を隠蔽していた?
……それもこれも、最初から最後までどこまでもありふれた、陳腐なソープオペラ。自分だけが助かるための、偽造された免罪符でしかない。
「宝石症なんて、先ほどはそれらしい説明をでっち上げましたが。あなたのように、ちょっとしたアクシデントで、その状態になった者を総称して“カケラ”と俺達は呼んでいます。その一部を内包している者と言う意味で、こう呼び習わしているのですが……その性質を一定量以上保持しているカケラが自我を保つには、自分の核石と同じ鉱石を取り込み続ける必要があります。そして、その鉱物は何も、採掘されたものでなくてもいいのです。そう……同胞の結晶化した体の一部を食らえば、核石の寿命を大幅に伸ばす事ができます。……一方で、核石の侵食速度は宿主のメンタルに依存します。不安が大きくなればなるほど、核石の侵食は早まり……宿主に安心材料を用意せよと、呪いをかけるのです。そのご様子ですと、そろそろストックがなくなりかけているのでしょ? だから……ジョナサンと同じように、核石を持っているかもしれないラルスを執拗に狙っているのですよね? だからこそ、急にやってきたにも関わらず……俺達にすぐにでも会いたいと、アッサリと面談に応じたのですよね?」
自分の不名誉を作り上げて、アンジェリークがさも生きているように見せかけて。だけれども。彼女は、既にこの世には存在しない。なぜなら……。
「……尚、人の形を留めなくなったカケラには1つだけ、元に戻る方法が存在します。と言っても、その方法が許されるのは男性のみなのですけれど。男性のカケラは理性を消失し切る前に、自分の核石に適応する鉱石を補給すれば、人間の姿を再び保つ事が可能なのです。それどころか、それを繰り返す事で……意図的に化け物の姿に変身することができるようにさえなります。あなたは、その味を占めたのでしょう? アルバトロスよろしく大空を飛ぶことはさぞ、気持ちがいいに違いありません。さも偉そうに、従業員達に啓示を与えるのも爽快だったのでしょう。しかし、止め処もない快楽を繰り返していた事で……そろそろ、奥様そのものを食らい尽くしそうなのですね」
来訪者のミニチュアを屠り喰らう事ができるのは、同じ来訪者のミニチュアだからこそ。人の形を互いに留めなくなった彼らの夫婦喧嘩はもう密猟だの、殺人だの……ただの犯罪で片付けるには、軽すぎる結末を迎えた後だった。




