表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/823

空を飛ぶベニトアイト(19)

 ジョゼットが「メベラス山脈で見つけました」の虚偽を申し出たのには、2つの理由が考えられる。

 1つ目。彼女が言っていた通り、メベラス山脈を含む広範囲でその出所を調べてほしいという要望によるもの。

 そして、もう1つ。ウィンターズの不正を追及するキッカケを提供したいという……非常に分かりづらい隠された期待によるもの。

 そんな含みを考えながら、こうしてウィンターズの本社……キシャワの中心街から離れに離れた、メベラス山脈の裾野に聳える立派な建築物の前で、どうアプローチを仕掛けるかを思いあぐねるラウール。自分の()()が通用するのは、キシャワのホテルと庁舎のみというピンポイントの範囲だけだろう。他のルーシャム市民にしてみれば、いくら名前だけは貴族と言えど……ラウール達も一律、ただの観光客でしかない。


(さーて……どうしましょうかねぇ。今回は()()()()()を持ってきていませんし……忍び込むのはナシでしょうねぇ……)


 ()()()()()があったところで、今回ばかりは向こう側(グリード)の出る幕はなさそうだが。来るもの拒まずなのは、大企業のご多聞に漏れず、出入り口の受付ロビーまで。その先の()()へは取引相手でもない限り、なかなかご案内いただけそうにない。


「あの……そう言えば、ラウールさん」

「はい? どうしました?」

「……敬語の癖、抜けていませんね……?」

「え? あっ、えっと……」

「まぁ、それはいいです。昨日から、不思議だったのですけど……ラウールさんはどうして、もう一度鉱物リストを確認させてもらっていたのですか?」

「あぁ、そのことです……あっ……」


 なかなかに使い慣れている口癖(言葉の壁)を捨て去るのは、難しい。それでも最大限の努力をしながら、キャロルに答えてみるラウール。……殊の外、普段使いの言葉遣いを習得するのは難儀である。


「……ジョナサンが現れる前、或いは、彼が死ぬまでにケイ酸塩鉱物に近しい成分があった場合は、何らかの理由でメベラス山脈のそれらは消失した事になるのだけど……えっと。キャロルは……あぁ、ここで話すにはちょっと……不都合かな……」

「そうなのですか?」


 しどろもどろで一生懸命、慇懃な言葉遣いを避けながら答える努力をしているらしいが……。途中で突然、周りを気にし出す彼の様子に、仕方なしに手を引いてロビーの外に連れ出す。どうしてこうも、この大泥棒は変なところで不器用なのだろう。


「ここだったら、大丈夫そうですか?」

「そう、だね。……キャロルはカケラの男女差については、どの位、把握していますか?」

「カケラの……男女差?」


 周囲に人の気配がない事を確認しながら呟かれる、突飛な質問に……キャロルは思わず首を傾げてしまう。自分がそれらしい存在になってしまった事はある程度、ソーニャからも教えてもらっていたが。性差については、何も聞かされていないように思える。


「少しばかり、変な話になるのだけど。カケラは男女で明らかに、体の作りに差があるのです」

「作りの差、ですか?」

「えぇ。筋肉量の差で硬度の保持率が変わるのはもちろんですが……決定的に違うのは、核石の寿命と……すみません。まず、その先を話す前に……ちょっと前置きしてもいいですか?」


 確実に困っている表情を見せると同時に、言葉の壁が再構築されつつある彼の様子に……仕方ないなと、内心でため息をつく。20年もこんな調子で過ごしてきたのであれば、今更(言葉の防御)を脱ぎ捨てろと言うのは、無理があるのかも知れない。


「構いませんけど……」

「そう。えぇと、簡単に言いますと。カケラの女性は母親になることはできませんが、カケラの男性は父親になることはできるのです」

「……へっ?」


 キャロルが呆気にとられたとでもいうように間抜けな声を上げてしまうと、非常にバツが悪そうにその場で恥ずかしそうに俯くラウール。きっと彼の方は特段、()()()()()()を言うつもりもないのだろうが……初めて見せる赤面は間違いなく、相手が()()()だからこそ醸し出されるものだろう。


「まぁ、()()()はそれ位にしまして……。ラルスが生まれたのは、もしかしたらカケラになっていたかも知れないジョナサンが、オスだったからです。そして彼は、核石の侵食を削るためにペリットを吐き出していた一方で、()()()()()もどこかで補給していたのだと思われます。だから、彼がやってくる前のメベラス山脈でケイ酸塩鉱物が僅かでも産出されていた場合は、ジョナサンは心臓にベニトアイトの核石を持っていたかも知れない……という推測が成り立つのです」


 あくまで推測ですけれど。そんな事を疲れたように悲しげに呟くラウールの様子に、きっとこの先の内容は彼にとってあまり()()()()()()にはなり得ないのだろうと考えるキャロル。昨日、あなたが楽しそうな表情をしていないから笑えないのです、とお説教したばかりだというのに、その()()()を少しばかり、後悔してしまう。


「ジョナサンはおそらく、自分が自分として存在するために、たまにメベラス山脈に出向いては、()()を補充していたのでしょう。核石の侵食に抵抗するには、自分の核石に近しい成分を摂取し続ける必要がありまして。そうして核石の侵食を他の近しい()()に吸着させて(不安)と一緒に消化することで、自我を保っているのです。しかし、補給が追い付かずに侵食が進んだカケラは……近しい成分の鉱石を大量に貪り食うようになり、最後は普通の食事も摂らなくなります。人間であれば、ある程度は理性をキープできるものの。彼は知能は高くとも、所詮は鳥類。相当の苦痛を抱えながら、残り僅かな理性で自分の存在意義を考えていたのかも知れませんね」

「そうだったのですね……」

「えぇ、この辺りも本当に推測の域を出ないけど。おや? だとすると……。もしかしたら、()()()()()()を捌いたかも知れないアンジェリークさんも……不味い状態かも?」


 しかし、悲しげな表情をしていたのも束の間。アンジェリークの事に言及すると、見る見るうちにいつもの意地悪そうな含み笑いを漏らし始めるラウール。彼の悪趣味な表情を前に……やっぱり意地悪は続行しないといけなさそうだと、決意を新たにするキャロルだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ