彗星のアレキサンドライト(2)
「この度は我が家の宝をお守りいただき、感謝の念に絶えません。本当にありがとうございました!」
「いえいえ。グリードには逃げられましたが、こうしてお品物だけは無事にお返しできて、何よりです。……とは言え、あいつのことでしょうから、きっと再度予告状を送りつけてくるに違いありません。……全く、目立ちたがり屋なのかは知りませんが、こうも悪趣味に被害者の皆様を怯えさせるなんて。不届きもいいところですな!」
怪盗本人こそ取り逃したが、それでも若い警部補の活躍でロヴァニア家家宝・“彗星のアレキサンドライト”を持ち主に返すことができて、多少の名誉も補填できたとホルムズ警部は胸を撫で下ろす。そんな大金星の警部補……モーリスに是非お礼をしたいとロヴァニアが申し出たので、彼を呼ぶように伝える警部。そうして部屋に呼ばれたのは……黒髪に緑の瞳の、警部補にしては随分と若い印象の青年だった。
「おぉ! 君がモーリス君? いやぁ、今回は助かったよ。何でも、グリードから君が家宝を取り返してくれたんだって?」
「はい……。たまたま警戒にあたっていた場所で出くわしたものですから、無我夢中で飛び付いたはいいものの……すみません、宝石を取り戻すのが精一杯で……」
「いやいや、大いに結構! 君みたいに若くて優秀な警官がいれば、今後も我が家宝は安泰というものだ。是非、次があったらよろしく頼むよ!」
「もちろんです! 今後も精一杯、頑張りますっ!」
大物政治家を前にして、緊張のあまり頓狂な声を上げながら、敬礼をして見せるモーリス。しかし、その健気にも情けない様子の敬礼を小馬鹿にするように、ロヴァニアの隣に立っていた男が囃立てる。
「フッフフ……随分と気弱そうな警部補さんですね。私にはあまり優秀そうには見えませんが。そのご様子ですと、きっと今回の手柄もたまたまなのでしょ?」
「そう仰らずに。今回は彼がいてくれたおかげで、こうしてアレキサンドライトが戻ったのですから、よしとしようではありませんか」
「左様ですか? まぁ、父上がそう仰るのなら……今回はそういう事にしておきましょうか?」
「おやおや……グスタフ様も、お人が悪い。私を父と呼ばれるには、まだお早いのでは?」
「いえいえ。こういうものは、早いに越した事ありませんよ。ルヴィアを妻に迎えた暁には、あなたは間違いなく私の義父になるのですから。今から前倒しして、そうお呼びしても差し支えないでしょう?」
「それはそうですが……。いや、この様に……天下に名高い白薔薇貴族様に父と呼ばれるとなると、却って恐縮してしまうというものですよ」
グスタフと呼ばれた銀髪碧眼の優男の横槍に、ホルムズ警部とモーリス警部補を半ば蔑ろにして、盛り上がる政治家と貴族。そうして一頻り彼らを無視した後に、ようやく本題とでも言うように、ロヴァニアがホルムズに向き直る。
「とにかく、この後は朝食を一緒にいかがですか? 折角です、娘のルヴィアからも礼を述べさせていただきましょう」
「お、お気遣いなく! 我々はこの後、グリードの足取りを追わねばなりません。本日はこの辺りで失礼いたします。さ、行くぞモーリス」
「ハッ! ……では、失礼いたします……」
「いやいや! それでは当家は礼儀知らずと、世間様に笑われてしまいます! ここは私の名誉のためにも是非、ご一緒ください!」
明らかな遠慮を示す警官2人に尚も食いつく、ロヴァニア。そうしてそこまで言われては流石に断れぬと、スゴスゴと大きな部屋に通されたものの……。
(警部……僕、こんなに豪華な朝食、見た事ないんですけど……)
(う、うむ……実はな、私もだ。し、仕方ない。ここは失礼にならないように、ありがたく頂戴するとしよう)
(は、はい……)
普段はクロワッサンをコーヒーで流し込み、余裕があればポーチドエッグを腹に納めるだけの朝食しか知らない警官2人にとって……今まさに目の前に並んでいる朝食は、夕食の間違いかと錯覚する豪華さである。貴族というものは、朝からこんなに豪勢な食事を摂るものなのだろうかと……失礼にもロヴァニアの見事に迫り出している腹を認めては、ため息をつくモーリスであった。