空を飛ぶベニトアイト(18)
ガルシアの許可を得て、例の冶金製作所でリストを見せてもらったものの。流石に30年前以上のものは保管されていないとのことで、午後の収穫は空振りに終わっていた。
そもそも、記録自体も元々は数年前から盛り上がり始めたスペクトル鉱の採掘に付随するものだったのだから、それ以外の鉱石の記載はオマケだった……が正直なところなのかも知れない。それはそれで、仕方のないことだろう。しかし、その肩透かしはラウールにとって、不機嫌を上乗せするのに十分すぎ程に連れないものだった。
(本当に何もかもが面白くありません……! こんなにも我慢しても、何1つ……)
何1つ、思い通りに前に進めない。そんな事を考えながらエレベーターのインジケーターを眺めていると、俄かに左手で繋いでいた彼女の右手が嫌がるように引っ張られる。どうやら思いの外、力を入れすぎてしまったらしい。
「ラウールさん、痛いです。もうそろそろ、離してくれませんか」
「……嫌です」
「えっ?」
手を振り解く事を許さないまま、インジゲーターの針が5階のところでチン、と軽やかに音を立てると同時に、箱の外へ彼女をそのまま引き摺り出す。そうして、強引に引っ張るようにしながら部屋にたどり着くと……さも憎々しいとばかりに、彼女をその中央に放り出した。
「何をそんなに怒っているのですか……?」
「……君は俺の前だと、どうしてそんなに不安そうな顔をするのですか? どうして、笑ってくれないのですか?」
「別にそういうつもりはないです。でも……」
「でも?」
「……だって、ラウールさんはいつもよそよそしいじゃないですか。私だって未だにラウールさんが楽しそうに笑っているの、見た事ないです。ラウールさんは……意地悪そうにしか笑えないんですか?」
「へっ? えっと……いや、そんな事は……。えぇ、そんな事はない……はずです……?」
今日こそは徹底的に問い詰めようと、意気込んでいたのに。事もなげに、アッサリと返り討ちにあうラウール 。そんな彼女の想定外の逆襲に色々と思い返してみても、浮かんでくるのは焦りと戸惑いばかり。言われてみれば確かに、自分自身は本当に楽しくて笑ったことはない気がする。所謂、含み笑いか、嘲笑か。大袈裟に腹を抱えて見せることもあったけれど……それだって、一種のパフォーマンスでしかなかった。もちろんその事について、嫌な奴だなと自覚する時もあったし、自嘲してしまう場面もあったが。こんな場面で揚げ足を取るように、わざわざそんな事を指摘されるなんて。
「ラウールさんは、私に笑ってほしいんですか?」
「その通り、です……。だって、今日の君は……ジョゼットさんとは嬉しそうに話をして、楽しそうに笑って。少しばかり笑顔を見せてくれることはあっても、俺といる時は声を上げて笑うことなんてなかったじゃないですか。……それなのに……」
「もぅ、ラウールさんは本当に拗ねくれているんだから……。いいですか? 誰かに笑ってほしいんだったら、自分も楽しそうにしなきゃダメです。ラウールさん。まずは、その刺々しい言葉遣いを止めるところから始めましょう!」
「俺の言葉遣い……刺々しいですか?」
「えぇ、とっても刺々しいです。大体……どうして私相手にさえ、敬語なんですか? もっと砕けた言葉遣い、できないのです?」
「そ、そんなこと、急に言われましても……」
「同い年のお兄さんの言葉遣いは、もっと柔らかいですよ?」
悲しいかな、こんな所でまたもモーリスを引き合いに出されては……これ以上、ぐうの音も出ない。彼女の言い分としては、とっても身近にお手本がいるのにどうして同じようにできないのか、という事なのだろう。
「と、いう事で! これからはもうちょっと、柔らかい言葉遣いをできるように特訓してください! 手始めに、私相手だけで大丈夫ですから」
「は、はい……」
うまくできない時はどうすればいいか、教えてほしい。そんな事をあの日の帰り道にお願いしたのは、紛れもない事実だが。その懇願が妙な方向に転がって、あらぬ結果を生んでいる気がする。そうして明日の予定を話し合う間もなく……キャロル先生のお説教は夕日が沈み切るまで、懇々と続いたのであった。




