空を飛ぶベニトアイト(17)
偏屈な灯台守は自分と同類だろうと、期待していたが。相手が女性だったことも想定外だが、キャロルと彼女の相性が良かったことは予想外だ。折角だからお茶でもと、出された紅茶を頑として無視しながら、彼女達の楽しげな様子を見つめているが……ラウールにはこの状況がとにかく、面白くない。
(キャロルったら、当て付けみたいに楽しそうにして。この会話の何が、そんなに面白いのでしょう?)
自分といる時は少し微笑むことはあっても、こんなにも楽しそうに笑ってくれる事なんてなかったのに。それでも、1人では間違いなく情報を引き出せなかったジョゼットの話は、非常に重要な内容が含まれていた。今はとにかく……彼女の証言に集中しようと、腹の底で燻る感情を押し殺しながら精一杯、我慢してみる。
「ジョナサンは確かに、お喋りができたんですね?」
「えぇ。彼はかなり特殊な子だったみたいだから。まぁ……それを抜きにしても、鳥類は意外と賢い子も多くてね。例えば、カラスなんかは人間の子供の7歳くらいの知能があると、言われていたりするのよ? カモメとカラスを同列に扱うのは少し、無理があるけど……。ジョナサンは普通のカモメよりも大きかった事を考えても、カラスと同様に脳化指数が高かったのかも」
「脳化指数……?」
灯台を研究室代わりにしている鳥類研究家の専門分野は、どうも海鳥に留まらないらしい。その一室にはカモメやウミネコ、アルバトロスの模型はもちろん、カラスに鳩……果ては、よく分からない変な顔の鳥まで鎮座している。たまたま目が合った、頭がでかいグレーの鳥が……何故か、とても気になるが。兎にも角にも、それはさておき。ここはキャロルの質問に答える形で発言した方が、同じ席にいる事を忘れられずに済むかも知れない。
「脳化指数とは、体の割合に対して脳がどの程度の比重なのかを示す指標のことですよ」
「へぇ……お兄さんは仏頂面の割には、意外と物知りじゃない」
「仏頂面で悪ぅございましたね。その台詞は、そっちの変な鳥に言ってやった方がいいんじゃないですか?」
「変な鳥……? あぁ、あれ? あの子はハシビロコウよ。この辺で拝むことはできないけど……ペリカンの仲間らしいわ。それにしても……フフフ、よく見ればお兄さんに似ているかもねぇ。目つきの悪さといい、変な寝癖といい」
「変な寝癖……? 俺、寝癖付いてます? キャロル、どうして教えてくれなかったんですか?」
「それは寝癖というよりは、癖っ毛じゃないでしょうか……。ラウールさんの髪はちょっと猫っ毛だから、潮風でバサバサになっちゃったのかも……」
「えっ……」
もう嫌いだ、こんな所。我慢して付き合っていた会話の一端で、通称・ジョナサンは確かにお喋りができたことまでは分かった。しかし……だとすると、賢いジョナサンはどこに行ってしまったのだろう。とにかく、今はその辺の情報も引き出して、さっさと撤収してしまいたい。
「それはそうと、そのジョナサンはどうなったのですか? 今は息子の……ラルスしかいないのでしょ?」
「死んだ……あぁ、いえ。違うわね。殺された、が正しいかしら? ジョナサンはここにいる間、数回ほど、青いペリットを吐き出したことがあってね。そのジョナサンが吐き出したペリットを痛く気に入ったとかで……もっと大きいものが欲しいと、ウィンターズのアンジェリークが大騒ぎし始めたのよ。で、ここからは推測なんだけど。多分、アンジェリークがジョナサンを攫って、殺してしまったのだと私は考えているの。……そうそう、話は変わるけど。お兄さん達は『ガチョウと黄金の卵』って話は知ってる?」
「えぇ、存じてますよ。ある所に、1日1個の金の卵を生むガチョウがいました。飼い主はその卵のおかげで金持ちになりましたが、1日1個ではだんだんと満足できなくなり、やがてガチョウの腹の中には更に大きな金塊があるのでは、と考え始めるようになります。そしてとうとう、飼い主はガチョウの腹を捌きましたが……腹には金塊などなく、その結果、金の卵をもたらしてくれていたガチョウさえも失う羽目になりました……。大筋はそんなところでしたかね」
「そういうこと。そこまで言えば……ジョナサンがどんな憂き目に遭わされたかは、分かるわよね。ここはルーシャム公認の保護区域。だから、そこに生息する生物を捕獲するのは全面禁止のはずだけど……証拠も確証もないもんだから、アンジェリークは罰せられることもなかったのよね。そんな時に、たまたま実家の引き出しにジョナサンのペリットがあったのを見つけて……正式に調べてくださいと、ルーシャム宛に提出したのよ。ジョナサンはよくメベラス山脈に飛んで行ったりもしていたから、そこで見つけました……って、一言添えて。そうすれば、広範囲で調べてもらえると思ってたんだけど。あ〜ぁ。結局、ルーシャムも役に立たないわねぇ。自然保護よりも、観光産業が大事みたいだし。証拠の出し損だったか……」
出所が妙に一致しなかったのは、あなたの余計な一言のせいですか。ラウールはそう言いたいのを堪えながら、アッサリと内情まで話をしてくれたジョゼットに一応の謝辞を述べて、キャロルを連れて灯台を後にするものの。今日はこのまま帰らずに……最後にもう一度、ガルシアを訪ねようと思い立つ。そして30年以上前の鉱物リストがあれば、それも見せてもらおう。そのリストに万が一、ベニト石に通ずる成分があったなら。不自然な成分の消失にも、1つの結論が見出せるだろう。




