空を飛ぶベニトアイト(16)
アルバトロスの神様が海鳥を憐れんで作り出したという、断崖絶壁の半島。あまりの手付かず加減に……これは気楽に観光できる場所ではなかろうと、ラウールは考える。海鳥を観光のシンボルにするくらいなのだから、このありのままの自然はルーシャムの配慮もあってのことだろう。灯台以外はものの見事に人工物を削ぎ落とされた、峻厳な潮風の中でアルバトロスだけではなく、沢山の海鳥達が思い思いの巣を作っているのが目に入った。
「女将さんはオススメしない理由を灯台守さんが気難しいから、って言っていましたけど……。灯台守さんも、この場所で仕事をするのは危ないんじゃ……」
「えぇ、俺もそう思いますよ。今は昼だからまだ、いいでしょうが……灯台が稼働するのは、夜間のはずです。まぁ、さっきの女将さんの口ぶりからするに、灯台守さんは住み込みで働いているのかも知れませんけど。……何れにしても、この場所を夜に彷徨うのは普通でしたら無謀でしょうね」
足元は平坦な場所から端の際まで鳥の巣だらけ。灯台へ続く道も、申し訳程度の石畳が目印で敷かれているのみ。風に煽られでもしたら、遮蔽物もないこの楽園では……あっという間に海へ真っ逆さまだろう。
「おい、お前達! そんなところで、何をしている!」
通ってくるのか、住み込みなのか。その勤務形態に考えを巡らせていると、彼らの背後にはスケッチブックを抱えた妙齢と思しき淑女が立っている。クッタリしたダレスバッグの趣を見るに、どうやら……勤務形態は住み込みではなく、通勤のようだ。
「別に何もしていませんよ? ただ、あまりに雄大な景色だったものですから、見惚れていただけです」
言い訳でも、嘘でもなく。本当にまだ何もしていないのだが……にも関わらず、目の前の淑女は既に御冠のご様子。彼女のお怒り具合が、やや不自然にも思えるが。一体、何を隠しているのだろう?
「嘘、仰い! どうせ……ラルスの邪魔をしに来たんでしょう?」
「あの、お姉さん。私達はラルスさんって人の邪魔をしに来たわけでもないですよ? ただ、景色を見にきたのと……鳥類研究家さんのお話が聞きたくて、来ただけなのです」
「お話……? ……フゥン、ラルスを人って言ってくる時点で……あなた達、現地の人間じゃないわね?」
「はい?」
どうも、ラウールが弁明すると何かにつけ、胡散臭く聞こえるらしい。キャロルの弁明の方を無事、好意的に受け取ったのか、先ほどの怒りが嘘のように落ち着きを取り戻した淑女が、ようやく名前を名乗り始めた。
「あぁ、ごめんなさいね。私はジョゼット。海鳥の研究をしている傍ら、灯台のメンテもやっていたりするんだけど。で、さっき言っていたラルスっていうのは……ほら、帰ってきたわよ。あのカモメの事よ。今、子育ての真っ最中なんだけど……そんなあの子をジョナサンだとか言いながら、ウィンターズの奴らが生け捕りにしようとしてたりするもんだから。それでなくても、ここはずっと昔から保護区域に指定されている場所なのに……。今更、人間が踏み荒らしていい場所じゃないわ」
何か隠しているな……と思っていた矢先に、隠し事の一端をアッサリと白状するジョゼット。そんな彼女が示す先を見やれば確かに、黄色ではなく青いクチバシのカモメが自らの巣に舞い降りたところだった。
「本当に青いクチバシのカモメさんがいるんですね……。お喋りとか、できるんでしょうか?」
「んな訳、ないでしょ。クチバシが青い以外は、至って普通のカモメだわよ。まぁ……25年前にやってきたあの子が特別だっただけで、あのラルスは幸か不幸か、彼の性質をちょっと受け継いでいるみたいでね。ラルスは通称・ジョナサンの子供のうちの1羽なの。だから父親と同じようにクチバシが青い……ただ、それだけよ」
「25年前の……ジョナサン?」
「えぇ。ジョナサンはなんでも、アルバトロス並みに大きなカモメだったとかで……普通、カモメは大きくても60センチあればいいはずなのに、彼は90センチもあったそうよ。相当の距離を飛んできたのか、ここにやってきた時はかなり弱っていたのだけど、私の父が手当てをしたら息を吹き返したみたいでね。無事、ここに住みついて……その後、少しの間は平穏に暮らしていたのだけど……」
そこまで話をして、少しばかり悲しそうな顔をした後……立ち話も何だからと、灯台兼研究所へ招き入れてくれると言うジョゼット。このタイプの女性はきっと微笑んだところで、話を聞き出す事はできないだろう。そんな打算的な事を考えながら、意図せず渋い気分になるラウール。この場合はキャロルがいてくれて助かった、という事なのだろうが。女性への的確なアプローチというのは……本当に難しい。




