空を飛ぶベニトアイト(13)
コリンズとアンジェリーク、もといウィンターズの成り立ちを探ろうと、昨日と同じ波止場に足を運べば。まだまだ早い時間だというのに、数隻の漁船が一仕事を終えて、帰港してくるのが目に入る。今の時期にどんな魚が獲れるのかは分からないが、昨日自慢げにお勧めされたサーモンは……どう頑張っても、この海では揚がらないだろう。そんな事を考えながら、朝から威勢の良い掛け声に釣られるように、漁師の1人に声をかけてみる。
「今の時期は、何が獲れるんですか?」
「色々とあるけれど……今のオススメはやっぱり、カラマーリとサルデーネだねぇ。特にカラマーリはフリットにしてレモンをキュッと絞れば、絶品さね」
「ほぉ〜……」
まずは何気ない世間話から。そんな魂胆でラウールが話を振ってみた初老の漁師が殊の外、気取らない感じでサクッと答えてくれる。飾らない様子に、もう少しお近づきになれば、それなりに年齢を重ねているらしい人好きのする柔和なシワといい、日焼けした肌といい。彼であれば、ウィンターズの事もある程度、教えてくれそうだと踏むラウール。
「とっても綺麗なイカですね……。私、こんなに透き通ったイカを見るの、初めてです」
「おぉ、そうかね? 嬢ちゃん、嬉しい事を言ってくれるじゃないの。ま、それも当然と言えば、当然か? なんたって……この海はアルバトロスの神様の庭だからねぇ。この海がいつも恵んでくれるお宝は、美味い上にとにかく別嬪さんでな。特に今の時期は特に穏やかで、餌も豊富なもんだから。鳥も魚も集まり放題さね」
「アルバトロスの……神様?」
あれだけ2つのレストランがカモメを推していたのに、現地の漁師はあろう事かカモメではなく、アルバトロスの方を信仰しているらしい。一方で、小ぶりのサルデーネを放り投げては、上空を舞うカモメ達にもお裾分けしつつ、漁師は仕分けの手を止める気配もない。
「ここ、ニューソルトは遥か昔は海鳥の楽園だったのさ。しかしな、あのおっかないメベラ火山が全てを流し切ってしまってな。そん時に、たくさんの海鳥が行くアテをなくしちまったんだと。だけど、それを見るに見かねた海の神様が大きなアルバトロスに変身して、海鳥達を導いたんだ。ほれ、あすこに灯台が見えるだろ? あの灯台がある半島はもともと、海の底だったらしいんだけども。メベラがカッカした時に、神様が海の底から自分の庭の一部を海の上に押し上げて作り出した島だっていう、伝説が残っててな。今じゃアルバトロスだけじゃなくて、沢山の海鳥が巣作りにやってくる人気スポットなんだよ。ま、ちょいと灯台分は間借りしてるけれども。それ以外は手付かず、そのまま残っているぞ。良ければお二人さんも観光がてら、デートに行ってみたらどうかね? 絶景を満喫できる事、間違いなし!」
最後はガハハと豪快に笑い飛ばしながら、2人を囃す様に意地悪い事を言い始める初老の漁師。そのミスリードに互いに顔を見合わせては、どちらともなく否定してみるものの。その必死さが……妙に気まずい。




