空を飛ぶベニトアイト(10)
「俺が変な質問をしたばっかりに、妙な事になってすみませんでしたね……」
「いいえ、大丈夫です。ムニエルは微妙でしたけど、デザートはとっても美味しかったですし」
「そう。であれば、少しは良しとしましょうか」
宿泊先の部屋に帰ってみれば、既にやや曇り気味の夕日が窓から差し込み始めていた。それでも、弱々しいなりに赤々と白い壁を染め上げては……その輝きは明日も晴れですよと、教えてくれるような気がする。
(青いクチバシ、ですか。もし、そんな賢いカモメがいるのなら……俺も会ってみたいですねぇ)
鳥類の寿命は意外と長い。彼らの生態にはあまり詳しくはないが……鳥類の寿命は霊長類にも引けを取らないと、どこかで聞いたことがある。しかし、それでも長らく伝説として語られるには、十分な長さではないだろう。だとすると……。
「どうしましたか、ラウールさん?」
「あぁ、いえ。さっきの青いクチバシのカモメ……ジョナサンについて、考え事をしていましてね。先程のコリンズがどの程度、あのニューソルトで幅を利かせていたのかは知りませんが……『かもめのジョナサン』の出版はロンバルディア暦で970年、たった31年前の出来事です。だとすると、あの2つのレストランがカモメをトレードマークにし始めたのは、少なくともここ31年の間だという事になるのですけれど……。彼らが啓示とやらを受けたのがいつかは存じませんが、それがもし事実だったなら、随分と歴史の浅い企業努力としか言いようがありません」
無論、産業発展目覚ましい昨今において、街を飛躍的に拡張・発展させるのにかかる時間に、一律の目安を求めるのは不毛な事くらいは分かっている。しかし、ニューソルトは膨大な歴史を持つルーシャムに属しているだけあって、それ自体も古い港町なのだ。ルーシャム領に位置している事を考慮しても、町の発展を自らの手柄と公言するのは……やはり色々と底が浅い上に、理論が飛躍しすぎている。
(あのあまりに痛々しい譎詐は……ライバル心がもたらす物なのか、それとも……?)
ベニトアイトの出所を探っていたはずなのに、一見、無関係としか思えない妄言に囚われ始めるラウール。しかし、それでもあのカモメの挿絵が気になるのは……一重に、色の一致があるからに過ぎない。目つき以外は可愛らしくデフォルメされていて、色もデタラメかもしれないが。青という要素の一致に、胸騒ぎがする。
「……それはそうと、さっきのコーヒーもハズレだったのでしょう? はい、どうぞ。……そんなに難しい顔ばっかりしていないで、少しは息抜きしたらいかがですか?」
「え、えぇ……ありがとうございます」
そんなラウールの消化不良をきちんと見抜きながら、飲み慣れた定番の一杯を差し出すキャロル。一方で、そんな彼女の瞳が夕焼け空よりも鮮やかな深紅に様変わりしているのを認めては、ラウールは青いクチバシの理由に思いを馳せる。
核石を取り込んだカケラやそれに準ずる飾り石達は、石色を瞳に宿すのが一般的だが……モーリスみたいに多色性が抜け落ちて、常時グリーンを示している例もあるので、当然ながら例外も存在はするだろう。しかし、目の前で自分を不安そうに見上げるキャロルのそれは、更に例外中の例外……。昼間は元のブラウンを示すが、気分に揺れがあると青みがかかり、しかも夕方になるとハッキリと赤を示し始める。しかも……。
(あの日以来、キャロルの髪色は更に赤みが強くなりました。核石の影響が出るのは、瞳だけではないようですね……)
もし、彼らの教祖のクチバシが青い理由が、キャロルの例外と一致するのであれば。とある核石が悪さをしていると考えるのも……やっぱり、理論の飛躍と言うべきだろうか?




