空を飛ぶベニトアイト(9)
「お待たせ致しました。デザートは食後にお持ちいたしますが、コーヒーは先の方がよろしいでしょうか?」
「あ、いえ。食後で結構です」
クチバシの青いカモメに気を取られていると、さして待たされる事もなく食事が提供されるので、差し障りのない返事をするついでに……折角だから、渦中のカモメについて質問してみる。しかし……ラウールの何気ない質問に、何故か自信満々かつ、胸を張って答えるウェイター。彼の有り余って漲る信仰心とやる気に、気圧されずにはいられない。これは、もしかして……余計な事を聞いてしまったのだろうか。
「このカモメはジョナサンと申しまして……」
「ジョナサン? えっと……もしかして、あのジョナサン……ですか?」
「えぇ、もちろん。そのジョナサンですよ?」
『かもめのジョナサン』……あの目つきの悪いカモメはどうやら、あまりに有名すぎる寓話が由来らしい。しかし、小説中では決して、ジョナサンのクチバシが青いなどという記述はなかったはずだが。
「実はこの港町……ニューソルトにはちょっとした伝説がございまして。ここでは稀に、クチバシの青いカモメが発見されることがあるのです」
「青いクチバシのカモメ、ですか? えぇと……先ほど俺達も散々、カモメとは睨めっこしてきましたが。みんな普通に黄色いクチバシでしたけど……」
「ですから、そのジョナサンは青いクチバシを持つカモメなのです!」
「……はい?」
「我がコリンズこそがジョナサンの啓示を受け、漁業に外食産業にと……このニューソルトの発展に大いに貢献してきた、ジョナサンの申し子! 隣のアンジェリークには負けません!」
「そ、そうですか……」
従業員までこの調子だと、マトモなのは料理と内装くらいなもので。これでは折角の観光客に、タチの悪い新興宗教ではなかろうかと、誤解を与えかねない気がする。しかし、そんな熱弁も勢いだけは立派だが、今ひとつ理論が付いてきていない。
ウェイターの話を掻い摘んで推し量るに……どうやらこの辺りでは突然変異か、はたまた別の要因か。突発的に青いクチバシのカモメが降臨するのだそうだ。しかも、そのカモメは非常に賢く、時に人間に啓示を与えるのだ言うのだから、いよいよ呆れてしまう。万が一、それが事実だったとしても。ジョナサンと呼び習わすのには、やや空想が飛躍しているように思える。
確かに、例のジョナサンは飛ぶという行為に生きる糧以外の価値を見出し、自らの魂を高めたと……小説中では語られていたし、かの存在が伝説化されがちな傾向があったのも、間違いない。しかし、この場合のマスコットとして売り出すにしては、実態が伴わないように思える。
そんな眉唾物の存在の申し子だと、高らかに宣言されてみても却って、「自分達は間抜けです」と喧伝している事にもなりかねない。きっと、空の上からカモメだけでなく……アルバトロスさえも、小馬鹿にしている事だろう。
「あ、ありがとうございます……。非常に参考になりました。えぇと……折角のお料理が冷めてもいけませんし、早速頂きましょうか……」
「は、はい……。すみません、後ほどデザートもお願いします……」
「かしこまりました。それでは、ごゆっくり」
取り繕うようにラウールが料理にナイフを滑らせると、追従するようにキャロルも食事を進め始める。しかし、肝心の食事自体は、ウェイターの熱意に反比例するかのように……冷め切った後だった。




