黒真珠の鍵(7)
「それで……どうしでした?」
「あぁ……正直、どこから話せばいいのか分からないけど。例のクロツバメ刑務所の設立自体に、かなり不自然な点があったのも事実で……何だろうな、こうなってくると僕達の手には負えない気がしてきた」
「……でしょうね。だから、わざわざ白髭が手持ちの怪盗に依頼してきたんでしょうよ。このまま放置していたら、大惨事も大袈裟じゃない事態になりかねないでしょうから」
「……だろうな。……全く。それなら、どうしてそうと言ってくれないんだろうね、白髭様は」
「あの爺様の意地悪は、今に始まった事じゃありませんから。今更、嘆いても仕方ないでしょう」
互いに爺様の無謀加減についてはサックリと諦め、粉吹き芋と申し訳程度に添えられたベーコンを頬張りながら情報交換を続ける。この先は例の怪盗頼りになりそうだが、足を踏み入れた先に悍しい黒い何かが横たわっている気がして……モーリスの身震いは止まらない。
「あの刑務所は表向きはエネルギー資産開発と、労働力の確保という2つの目的が噛み合った結果に設置されたみたいだな。実際、収容されている囚人は、かなりの凶悪犯や更生不可と位置付けられた者らしくて……そういう側面から見ても、本来の刑務所と同じ目的で設立された場所じゃない。そんな刑務所に看守最上位階級の矯正監がいる時点でおかしいんだけど、どうやらモーズリー矯正監は元々鑑識部隊にいたエリートだったらしくて……そういう経緯もあってのことだろう。実際は鑑識の仕事とは別に、囚人達のコントロールや矯正についても研究していたみたいでな。それで晴れて、研究対象として囚人と拠点を用意された……というのが、クロツバメ刑務所の本当の姿みたいだ。そして、候補地として目を付けたクロツバメ鉱山を買い取ったはいいが……元々鉱山を所有していた貴族様からは、山の環境に対して常々警告が入っていた」
「警告、ですか……」
「あぁ。元の持ち主……ロンディーネ侯爵は当然ながら、あの山の危険性は十分知っていたらしい。相手がいくら犯罪者でも、侯爵はその影響をかなり心配していたみたいでな。足繁くモーズリー矯正監の元を訪れては、刑務所を移すように勧告をしていたようだ。だけど……」
「……モーズリーは彼の勧告を無視し続けた。そして、何かの利害が一致したご夫人と共謀して……」
「その辺りは予想の範囲を出ないけど、確かにそれも的外れじゃないかもな。事故当日はいつも一緒にいるはずのご夫人は、何かを知っていたかのように同行していなかったみたいだし。何より、危険性を誰よりも知っていたはずの侯爵が視察なんかをして、随分前に手放した炭鉱の中に入る時点で、不自然だ。しかし……仮にそうだったとしても、そのご夫人とモーズリー矯正監は、どんな繋がりがあったのだろう? 流石に僕が調べられる範囲では、そこまでは分からなかったのだけど」
「さて、ね……。ただ……今日のご夫人の様子を見ていても、彼女が真面目に喪に服しているようには見えませんでしたけど。一応ネックレスは真珠を選ぶ謙虚さはあったみたいですが、いくら何でも、最高級品をあんなに豪勢にぶら下げるのは、浮ついているとしか言いようがありませんね」
「おやおや……ラウールは相変わらず、貴族様には手厳しいと見える。まぁ、僕も彼らはどうも好きになれないけど……頼むから、あからさまに不遜な態度を取らないでくれよ。一応この店のお得意様も、貴族様達なのだから」
「フン! 貴族様に子供の頃、いい様にされてきたのを、兄さんは忘れてしまったんですか?」
「でも、僕達を助けてくれたのも、大きな括りで言えば貴族様だと思うよ。……別に、貴族だから全員悪人ってわけじゃないさ。現に……囚人相手でも、心を砕いて足繁く刑務所に通う方もいたんだから。そう、頭から何もかもを毛嫌いするなよ」
相変わらず、反骨精神も旺盛なラウールを手慣れたように宥めるモーリス。もちろん、そんな弟の悔しさはモーリスも痛いほど分かっている。……いや、分かっている、はあくまでつもりでしかないのかもしれない。同じ空間に生まれながら、まるで自分の分まで何かを背負わされて生まれてきた弟の痛みを分かっているなどと、嘯くのはおこがましいにも程がある。何れにしても……今は目の前にある黒真珠の謎を追う方が先だろう。