空を飛ぶベニトアイト(8)
ファーストインプレッションはヘンテコだったが、幸いにも店自体は至ってマトモだったらしい。カモメの刺繍が施されたテーブルクロスに、青と白のコントラストが洒落た雰囲気の店内。目の前は一面海とあって……強みでもある、オーシャンビューも余す事なく有効活用できているように思える。そうして、無事に小洒落たテーブル席に着くが。差し出されたメニューの表紙には、何かの当て付けかと思えるような、クチバシの青いカモメが描かれていた。これは……店のマスコットなのだろうか?
(まぁ……今はカモメを気にしている場合ではないですか。この辺りではごく、ありふれた存在でしょうし……)
デフォルメされていても目つきが鋭いカモメに睨まれて、思わず苦笑いしてしまう。嘴の色味がちょいとばかり、おかしい気がするが……きっと、この青は店のテーマカラーに引っ掛けているのだろう。
「キャロルは決まりましたか?」
「あぁ、ちょっと待ってください。デザートはどうしよう……。意外と種類があるものですから、迷ってしまいます……」
「そうですか。でしたら、気になるものを全部注文してもいいですよ。……白髭からもお小遣いは潤沢に頂いていますし」
「ほ、本当? あぁ〜、でしたら……」
ラウールの提案に、ここ最近の最高記録だと思われる笑顔を溢しながら、店員を呼び始めるキャロル。そう言えば……彼女の方はこちらに戻ってきて以来、やや食事の量が増えた気がするが。その理由を逡巡しては、またも遣る瀬ない気分を吹き返し始めるラウール。彼女の雑多な増量は間違いなく、核石の増量に比例したものだろう。そして、彼女の不可解な急成長も、おそらく……。
「ご注文はお決まりですか?」
「え、あぁ……俺はこちらのヴィテッロ・トンナートとブレンドを」
しかし、キャロルの成長を訝しく思う暇も与えずに、彼女が呼んだ店員が折り目正しくやってくるものだから、実は魚の気分ではないとばかりに……しれっと肉料理を注文するラウール。まぁ、この場合はツナソースがしっかりシーフードという事で、空気を読めない奴だという誤解は避けられるだろうか。
「あ、私は……ソリョラのムニエルにポルポ・カルパッチョと……デザートにカタラーナとティラミスをお願いします……」
そうしてラウールに続いて、やや恥ずかしそうに……キャロルが2種類のデザートもしっかり注文するものの。結局、互いに先程の彼女が看板メニューだと紹介してくれた、カジキのグリルを避けるのだから、意地も悪い。しかも、メニューにはしっかりとサーモンのパイも、グラニータもあったりしたものだから……店は本当にどっちでも良かったのだと思わされるのが、いよいよ滑稽だ。
「……そう言えば、このお店もカモメが目印なんですね……」
無事、注文を受け取ったウェイターの背中を見送りながら……キャロルが思い出したように、ポツリとそんな事を呟く。彼女の言葉からするに、カモメをトレードマークにしているのは、この店だけではないらしい。
「この店も? ……ですか、キャロル」
「はい……さっきのアンジェリークさんのお姉さんのエプロンの裾にも、青いカモメが刺繍してありましたよ? そんな所もライバル同士なんだなぁ……って、ちょっと思っちゃいました」
ラウールがどうやって彼女達をあしらうかを考えていた横で、キャロルはそんな細かい所にも気付いていたみたいだ。しかし……2つの店でわざわざカモメを、しかも青という条件まで一致させてくるとなると、その組み合わせには何か、他意でもあるのだろうか?
正直な所、海鳥であればいいのなら、カモメに固執する必要もないだろう。ウミネコにカツオドリに……インパクトと知名度を重視するのであれば、ルーシャム観光のマスコットでもあるアルバトロスでもいいはずだ。しかし、こぞって青いカモメをトレードマークにするとなると……カモメの存在自体に意味があるように思えてならない。これをただの偶然の一致で片付けるには、少しばかり不可解な気がする。




