空を飛ぶベニトアイト(7)
「まぁ、そんな感傷はともかくとして……今日のお仕事は完了したのですし、そろそろお昼でもいかがですか?」
「そうですね。折角ですから、美味しいものが食べたいです。……この辺りですと、シーフードが良いでしょうか?」
「う〜ん……どうでしょうねぇ。海が近いから、それなりのお店はあると思いますが。散策がてら、行ってみましょうか」
陽気な太陽の下で、いつまでも湿っぽい話をしてもつまらない。ここは気分転換も兼ねて、海を眺めながら食事でもした方がいいだろう。そうして結局、最後の最後まで睨みを利かせるカモメ達に見送られながら、海岸を後にする2人。しかし……美味しい店と言われても、フリープランでルーシャムを観光するのは、ラウールも初めてだ。そんな突如として降りかかった難題に、気分転換どころか頭を悩ませながら、埠頭近くの道を歩けば……何やら競うように立ち並ぶ、2つのレストランが見えてくる。大きさも、賑わい方もほぼほぼ一緒の2つの店を見比べて……いよいよ、ウムムと唸るラウール。この場合は、素直にキャロルに選ばせた方がいいだろうか。
「キャロル、どうします? こんなに立派なレストランが2つもありますけど……俺はどっちもどっちな気がしますが」
「両方ともシーフードが自慢みたいですね。でしたら、こういう時はデザートで選ぶに限ります!」
「おや、そうなのですか?」
「はい! ソーニャさんも、迷ったらデザートを基準に決めれば良いって、言っていましたよ?」
「そ、そうですか……」
基準が料理ではなくデザートの時点で、その物差しはおかしい気がするが。かと言って、一方のラウールもコーヒーを基準にしていることがあるのだから、人の事を言えた立場でもないだろう。そうしてキャロルの後に続いて店を選定しようとすると、競っているのは店の規模だけではないらしい。彼らがどちらに入るかを決めあぐねていると見るや、ここぞとばかりに両店の客引きが寄ってくる。その様子におかしな場所に来てしまったと、やや後悔するラウール。舌鋒の勢いに、怯え始めたキャロルを背後に庇っては、仕方なしに一通り彼女達の主張に耳を傾ける。
「お客様は、どんなお料理をご所望ですか⁉︎」
「この土地ならではのシーフードを頂ければ、と思ってます。それと、彼女は美味しいデザートも食べたいと申しておりますので、食後にちゃんとした甘味を用意していただける方がいいですね」
「でしたら、是非にも当店……トラットリア・コリンズへお越しください! 自慢はペッシェ・スパーダのグリルですわ。その上、秘伝レシピによるカタラーナは絶品ですの!」
「いやいや、当店の方が断然いいですわ! 私どものオステリア・アンジェリークの看板メニューはサルモーネのパイです。デザートは今の季節でしたら、グラニータがお勧めですよ」
カジキにサーモン……やはり、どっちもどっちか。そんな事を考えながら、仕方なしに今度は自前の物差しでアプローチをしてみるラウール。この場合はもう、どっちでもいい気がするが。決定打がない限り、身柄解放とは相成らないだろう。
「あぁ、そうそう。俺の方は食後のデザートはいりませんが、コーヒーにはちょっとこだわりがございまして。それぞれのブレンドの特徴を教えていただけますか?」
まるでトドメと言わんばかりに、素人にはやや難しい質問を吹っかける。ラウールの明後日の方向の質問にしどろもどろになりながらも、それらしい返答を寄越す2名様だったが。とりあえず、ロースト具合にも言及してきたコリンズに軍配を上げると、キャロルにも一応の了承を求めてみる。
「俺としては、こちらのお店がいいのですが……キャロルはどうですか?」
「私もそちらでいいです。きっとこのご様子ですと、両方ともあまり変わらない気がしますし……」
要所要所で正直なキャロルの意見に、お得意の肩竦めのポーズで応じると、コリンズ側の店員に案内をお願いする。そうして背後に残されたアンジェリーク側の店員の視線が妙に刺さる気がするが……兎にも角にも、店の中に避難してしまえば、問題ないだろうか。




