空を飛ぶベニトアイト(5)
約束通りのお昼頃。現れたのはガルシアだけではなく、ドビー・オルヌカンまで揃ってのお迎えとなっては、ますます恐縮してしまう。しかし、かの急行での一悶着があったというのにも関わらず、2人が醸し出す柔らかな空気に……すぐさま、これはこれでいいかと思い直すラウール。彼らの様子を見る限り、その友好は表向きだけのものでもないらしい。すっかり仲良しの2人に招かれ、キシャワの海沿いにある冶金鉱業所に案内されるが、海沿いの立地からするに、ここで精製された資源は目の前の海から輸出されていくのだろう。
「それで……これが、あなた達の頭を悩ませている宝石ですか?」
「えぇ、そうなのです……。見たところ、青い石であることは間違い無いのですが。当国の鑑定士も、そしてルーシャムの鑑定士も……組成の判断に迷う部分があるようでして……」
加工も何も……あからさまに裸のルースらしいそれは、原石の状態ではないことは明白ではあるものの、かといって加工されたものでもなさそうな匂いを纏っていた。大きさは3センチ程。歪な角を残しながらも、多角的な光を放っては、見る角度で様々な輝きを見せる。
「なるほど……こいつはどうも、多色性を持つ珍しい石みたいですね。そちらの鑑定士さんからも、ご報告があったと思いますが。さて。1つ、お伺いしますが……メベラスでは今まで、ベニト鉱石の類が産出された事はありますか?」
きっとラウールがそんな事を言い出すのもある程度、予測していたのだろう。ガルシアがメベラス山脈から産出される鉱石や資源の一覧を提示してくれるので、上からなぞる様に雑多な鉱物達の名前に目を走らせる。その上で、隣で大人しくラウールの手元を見つめていたキャロルにも示して見せると、彼女は彼女で、助手に相応しい反応を示して見せた。
「メベラスでは……ケイ酸塩鉱物を多く含む鉱石は産出されないのですね。となると、メベラ山は……楯状火山だったという事ですか?」
「そうですね。きっと溶岩自体は粘性の低いものだったのでしょう。一概には言えませんが、火砕泥流を起こしている時点で、メベラのマグマはあまり根性があるタイプではなかったのだと思いますよ。しかし……青色のこいつはケイ酸塩鉱物の一種でもある、ベニト石の類だと思われます。さてさて。そうなると……どんな答えが予想できますか?」
「えぇと……メベラス山脈の地質に変化があったか、実は小規模な噴火が今も起こっている……でしょうか?」
100点満点中、80点。しかし、キャロルに地質学を教え始めたのは、最近なので……飲み込みの早さを考慮すれば、満点をやっても差し支えないだろう。
ケイ酸塩鉱物はマントル……つまり、地球の奥底で渦巻く主成分の堆積岩によく見られる成分だ。だから、火山としてかつて大暴れしていたメベラ火山から産出されても本来であれば、おかしくはない。
しかし、目の前に提示されたリストには恐ろしいくらいに、当たり前にあるはずの成分がスッポリと抜け落ちていた。更に悪い事に、リストの年代を遡ってみても、顔ぶれには大きな変化は見られない。となると、ここにベニト石がある理由としては……キャロルの示した答えはいずれも該当しない事になる。そこまで考えたところで、真面目に頭を悩ませている助手に、偏光器を覗いて見なさいと指示を出して……もう1つ、ヒントを与えてみる。その瞬間、キャロルも何かを悟ったらしい。彼女の穏やかな茶色い瞳が、驚きの色でやや青味がかる。
「……これ、もしかして……」
「えぇ。多分……こいつを腹の中で育てた奴がいるんでしょう。何れにしても、組成に関しては把握できましたので、鑑別書はこの場でお出ししますよ。その上で、サービスで出所も調査して差し上げましょう。それでよろしいですか? ガルシア様に、ドビー様」
「え、えぇ。私としては、それで構いませんが……その石は元々ルーシャム側で見つかったものです。ですから……ルーシャム様、どうします?」
「もちろん、私もそれで構いませんよ。由緒正しいロンバルディア様の鑑別書ともなれば、文句もありません」
「……何か誤解されているようですから、一応、説明しておきますけど。鑑別書は換金目的の書状ではありません。あくまでその石が何なのかを示す、身分証明みたいなものです。鉱物学上、どんな組成で、どんな性質ものもなのか。ただひたすら、それを示しただけの成分表ですから……俺の名前で出したからって、宝石の価値は上がりませんよ。その辺、間違えないでくださいね。という事で、こいつの宝石名はベニトアイト……と。本来であれば、特定の場所でしか産出されない非常に貴重な鉱石です。硬度もそれなりにありますから、アクセサリーに仕立てるのも一興でしょう」
そうしてトランクに偏光器を戻す代わりに、鑑別書の台紙を取り出すと、きっちりと組成を事細かに記載し、最後にアカデミアの承認印を押印する。印の横に“Raoul Jemtorfear”と署名をしっかりと施して、ガルシアに手渡すが……。何やら、ガルシアは署名のファミリーネームに不服がある様子。それでも七光を纏ったラウール直筆の鑑別書であれば、概ね文句もないらしい。最後は満面の笑みでありがたがるように受け取ると、大切そうに懐に仕舞い込んだ。




