空を飛ぶベニトアイト(3)
部屋の鍵を受け取った途端に訪れる、妙に気まずい空気。列車旅は一般的な寝台車両を選んだため、道中は常に雑音混じりである意味、完全な2人きりは避けられていたのだが。きっと、いつぞやと同じ個室だった場合は、とっくに両方とも音を上げていた事だろう。
慇懃な敬語が抜けないラウールと、微妙な距離を保つキャロルと。話しかければ、きちんと答えてはくれるものの。彼女の垣根は完全に取り払えていないみたいだ。兎にも角にも、ここは無理にでも話のタネを作らないと、間も持たない。
「とりあえず、荷物を置いて……と。そうだ……折角、来たのです。観光がてら少し、散策でもしましょうか。キャロルはお腹、空いていませんか?」
「ほんの少し、空いています……」
「そう。……何か食べたいものは?」
「……シフォンケーキが……食べたいです」
知恵を絞って提案したお出かけに、そんな好意的な答えが飛び出すものだから、思わず目を丸くするラウール。ここで自己主張をするとなると、少しは前向きな反応と考えてもいいだろうか? しかし……。
(あっ……手を繋ぐのは、ナシなのですね……)
勢いで差し伸べた手に気づかないフリをして、1人だけ先に部屋の外に出て行ってしまうキャロル。それでも、ドアのところでイタズラっぽい表情で振り向いては、早くとでも言うように首を傾げて見せる。これはきっと、彼女の言っていた意地悪の一環なのだろう。どうやら、今までのツケの残額はあまりに莫大なものらしい。振り回されるのも、下手に出るのも気には食わないが。それでも……全てをきちんと支払わねばと、大袈裟に肩を竦めては彼女の後に従ってみる。一緒の時間を与えられている側である以上、多少の意地悪は甘んじて受けなければならないだろう。
***
「ところで、ラウールさん。……ご依頼の宝石って、どんな物なのでしょうか?」
「そればかりは、ご対面してみないと分かりませんが……珍しいものである事は間違いないと思いますよ?」
「そうなのですか? わぁ、どんな宝石でしょう……?」
流石に観光産業に力を入れているだけあって、キシャワの目抜き通りにはカフェにブティック、ちょっとした土産物屋にレストランまで……ありとあらゆる旅行者向けの店が揃っていた。そんな大通りに面したやや気取った雰囲気のオープンカフェで、やっぱり変に気取った香りのするコーヒーを啜りながら、お仕事には興味津々のキャロルの質問に答える。一方で……このブレンドは失敗だなと、ラウールは内心で顔をしかめていた。
「ルーシャムとお隣のオルヌカンは、メベラス山脈という資源豊かな鉱山を有する、非常に古い観光都市なのです。元々は両方とも、資源産業で発展してきた街なのですが……オルヌカン側は内陸部に面しているため、山の裾野が広く、実は農業大国としても知られる国なのです。一方でルーシャムは海側の都市なので、農地はあまり確保できなかった分、海産物が非常に豊富です。しかし、肝心のメベラス山脈も多種多様な資源を豊富に提供してくれる割には、宝石質の鉱物はあまり産出されません。今朝まで乗ってきたスペクトル急行の燃料は、石炭の変異種だという事でしたので、ダイヤモンドの産出はあるかも知れませんが……。今回のお題がダイヤモンドであったなら、鑑定に俺を呼ぶまでもないでしょう。歴史ある観光都市専属の宝石鑑定士であれば、メベラス山脈から産出される鉱石は知り尽くしているはずですし。ここで部外者を呼んだのには、おそらく公平な判断が必要になったからだと思いますよ」
「公平な判断……ですか?」
公平な判断と、言ってはみたものの。その裏にはどことなく、あまり穏やかではない事情が隠されていそうで、嫌な予感しかしない。あくまで科学的根拠のない、憶測でしかないのだが。ラウールの嫌な予感だけは、何故か的中率が高いというセオリーがあるので……当人も避けられないのが、とても理不尽だ。
「現在のオルヌカンとルーシャムは資源開発協定を結んでいる、友好国でして。ですから今回のお題も、まずは両国できちんと精査をしたのでしょう。しかし……両国の鑑定士さえもが判別できないような宝石がもし、メベラス山脈から発見されたとなると話は別です。新種の宝石であるのなら、それはそれで発見の喜びがあるのでしょうが……先ほども言いました通り、メベラス山脈は地質上、宝石の産出はあまりありません」
「あの……それってつまり、どういう事でしょうか?」
「掘り尽くされている鉱脈から、今更新しい宝石が発見されるのはおかしい、と彼らは判断したのでしょう。ですので……その宝石がどこから持ち込まれたのかを洗い出したい、が今回の本当のオーダーなのだと思いますよ。やれやれ……何か変な事に巻き込まれないと、いいのですけど」
出所不明の怪しい宝石。そのお姿を拝見する前から、呼ばれた理由に思いを巡らせては……出るものは、ため息ばかり。原石の状態にもよるが、もし少しでも加工されている形跡があった場合は、そちらの部分でも探りを入れなければならないだろう。
そうして、依頼主の気前の良さはこういう事だったのかと、相変わらずの無茶振り加減に……いつもながらに、頭が痛いラウールであった。




