空を飛ぶベニトアイト(2)
沢山のお客様をおもてなしするために、新進気鋭のスペクトル急行を走らせる公国の当主というものは、一事が万事、おもてなしのプロを自負しているものらしい。使用人を大勢引き連れている割には、ご本人様の足と手で、ラウール様ご一行をご案内しないと気が済まないと、あろう事かホテルのフロントまで付いて来た。そして宿泊客ご本人の署名ではなく、当主自らが署名を施しては……受付のホテルマンによくよく迎賓として、自分達を扱うようにいい含めているのだから、非常に居心地が悪い。……この先、このホテルで滞在しなければならない方の身にも、なって欲しい。
「ところで、ロンバルディア様。部屋の間取りはいかがしますか? スィートルームでよろしいです?」
「えっ? あぁ、極々普通のツインで結構です。俺はどちらかと言うと、広すぎるのは落ち着かないタイプですので。……とは言え、キャロルの意見も聞かないと。キャロル、どうします? シングルを2部屋お願いしますか? それとも、部屋は一緒で構いませんか?」
「一緒で構いません。……ベッドが別であれば、十分です」
「……だ、そうです。ですから、一般グレードのツインでお願いします」
一緒の部屋でいいとご了承をいただきながらも、やや壁のある言い方をされると、少し寂しい。無論、疾しい事を考えている訳ではないが、いつもよりも長くお喋りでもできればと、思っていたのに。最近は少し薔薇の棘が柔らかくなったとは言え……相変わらず、キャロルの警戒心は残ったままだ。
「おや……それは残念ですね。このホテルは私が計画した中でも、自信作でしたのに。特に、スィートからの眺望は絶景ですよ? 青い海に、美しい夕陽。夜はロマンティックな夜景が広がって……」
「でしたら、ツインの中でも西向きの角部屋があれば、そちらをご用意いただけますか? そうすれば、窓からご自慢の夕陽も拝める事でしょう」
「左様ですか……。まぁ、そこまで仰るのでしたら、仕方ございませんね。君、この先は頼んだよ。いいかね、この方は私の依頼でわざわざ来てくださった、王家の方だからね! 私が自らご招待した、大事なお客様だから! くれぐれも、失礼のないように頼むよ」
「かしこまりました」
(……何も、そこまで自己主張する必要もないでしょうに……)
ガルシアの様子や言い分からするに、このホテル自体が国営観光の一環なのだろう。きっと彼は出来立てホヤホヤのスィートルームに、王族だと誤認識されている宝石鑑定士を宿泊させる事によって、箔付けをするつもりなのだ。穿った考えと共に、そんな事を思い起こせば……ここに来ても白髭様の七光が燦然と輝きすぎている気がして、身が縮む。ご本人様がいなくとも、その輝度は抜群の威力を持つらしい。
「ところで、失礼ですが……」
「はい?」
「そちらのお嬢様は、ロンバルディア様のどのような関係でいらっしゃいますか? もしかして……」
「えぇと、彼女は……」
「……申し遅れました。私はキャロル・リデルと申します。私自身は宝石鑑定士の見習いでして。普段は、ラウール様の元で助手をしております。今回はお勉強のために、お仕事にご同行させていただきました」
ガルシアの下世話な好奇心剥き出しの質問に、ラウールよりも素早く的確な返答をしながら、折り目正しく挨拶をして見せるキャロル。以前よりも美しい姿勢に、格調高い佇まい。彼女のあまりに完璧な風格に……どこかにあの白薔薇貴族様の棘が残っているようで、却って辛い。
「ほぅ! そうだったのですね! あまりに可愛らしいお嬢様でしたから、てっきり……っと、失礼。長旅でお疲れのゲストをこれ以上、私めのお喋りに付き合わせる必要はございませんね。それでは、明日の昼ごろにお迎えに上がりますので、本日はごゆっくりおやすみください」
「えぇ、ありがとうございます。明日はいよいよ正体不明の宝石とご対面、と言う訳ですね。こちらとしても、非常に楽しみです。是非に、よろしくお願いいたします」
キリキリと痛み出す何かを堪えながら、差し障りのない謝辞を述べるラウール。今までであれば、キャロルの返答が気に入らないと、すぐにでも機嫌を損ねていただろうに。それでも、この瞬間もたった1回きりのチャンスなのだ。その機会を潰さないためにも、気まぐれも不機嫌も。全て洗いざらい、コーヒーと一緒に飲み下してしまおうと……必死に腹の底に押し戻す。今のままで一度でもしくじれば、二度と名誉挽回の機会は与えられないだろう。




