空を飛ぶベニトアイト(1)
ここはルーシャム公国首都・キシャワ。今回はいつもの如く、ムッシュの気まぐれでやってきた依頼に応えるべく、宝石鑑定士として足を運んでみたものの。例の急行の乗り心地はともかく、キシャワに降り立ったラウールを旧知の仲と認識している先方のおもてなしは、過剰以外の何物でもなかった。
「ガルシア様……俺相手に、ここまでのご対応を頂かなくて、大丈夫ですよ。ホテルも別に最上級でなくとも、結構です。俺は普段、使用人部屋レベルの場所で寝起きしていますし。まぁ、今回は連れもいますから、多少の広さがあるのは、ありがたいのですけど……」
「いやいやいや! 何を仰います、ロンバルディア様! 私如きのお願いに、あのブランネル大公が快く応じてくださっただけでも、有り難いのに……その上、お孫様自ら足を運んで頂けるなんて。あぁ、なんと幸運な事でしょう!」
「……そいつは、どうも。でしたら、お好きなようにおもてなし頂ければ……もう、こちらからお願いすることもありません」
キシャワ駅に降り立った時から、持てよ囃せよ、負んぶに抱っこ状態なものだから……キャロルもすっかり怯えているではないか。それでなくても、ロンバルディアと呼ばれる事自体が、ラウールとしては甚だ不愉快だ。
しかし一方で、折角の相手の浮かれ具合を自分の不機嫌でぶち壊すのも忍びないと、ラウールは考える。ここは大人しく、おもてなしされた方がいいか……と思い至ると、先方のご厚意を素直に受け取る事で、面倒から逃げる事を決め込んだ。……余計な波風は立てないに限る。
「……ところで、ご用命いただいた宝石についてですけど。わざわざ、国外の鑑定士を呼ばなければいけない程の逸品なのですか?」
「えぇ……オルヌカン側にも相談してみたのですが、あちら側の鑑定士でも少々手こずる宝石だったみたいでして。この際ですから、由緒正しいロンバルディアの方で鑑別を頂ければと、宝石鑑定アカデミア宛に依頼を出したのです」
「あぁ、そういう事でしたか。それで、うちの白髭が有難いことに俺をご指名くださった……と。しかし、メベラス山脈を擁するルーシャムとオルヌカン両国でも手こずる宝石相手に、俺の出る幕がありますかねぇ……」
メベラス山脈は元々、メベラ火山を中心にして出来上がった山々が連なったもので……現在は休火山になっているとは言え、遥か昔に起こった噴火の規模は範囲も被害も甚大だったらしい。湿潤な気候も相まって、吹き出された火砕流は全てを飲み込んで、大規模な火山泥流を引き起こしたという。そうして、全てを洗い流し切った暁に残された地脈に特殊鉱石・スペクトル鉱だけでなく、様々な鉱石や鉱物の採掘という恩寵を残したのだが。
今回は、そんな文字通りの宝の山から、見慣れない鉱石が採掘されたのでお呼び出しがかかった、ということだなのだろう。しかしそれこそ、メベラスに関して素人でしかない部外者の鑑別が、何の役に立つのだろうか?
そこまで考えて……また、面倒事に巻き込まれそうだと、早々に肩を落とすラウール。どこか漠然としているものの。……とても嫌な予感がしてならない。




