白を染めるブラッディ・ルビー(22)
まだほんの少し、猜疑心を残しながら。何かの贈り物を嬉々として包んでいる、ラウールの手元が気になって仕方がないキャロル。もう一度迎え入れられたアンティークショップの窓際で温かな春の陽気に包まれながら、贈り物の宛先を尋ねてみる。以前であれば、必要最低限の答えしか返さなかったラウールも、あの日の懇願に嘘偽りは混ぜ込んでいなかったらしい。彼女の質問にはにかんだ表情を見せながら、穏やかに答えた。
「……実は、以前にお仕事で関わった方が結婚される事になりましてね。今年の6月に花嫁になるのだと、お便りを頂いたものですから。ですので……彼のお気持ちも添えて、贈り物をしようと思い立ったのです」
「お仕事で……関わった方、ですか?」
「えぇ、そうですよ。あれは確か、昨年の1月頃でしょうかね。グスタフが花嫁選びの舞踏会を開いたのですが、王家に縁のある彼との繋がりが欲しい方々が、色々と無茶をしましてね。その中に……彼女、ルヴィア嬢の父親も含まれていました」
「ルヴィア様……」
グスタフの口からも愛しいと語られた、太陽のような美しい女性。確か、その花嫁は憎たらしい怪盗の横恋慕で奪われたのだと、彼は悔しそうに語っていたが。グスタフの語り口調と、目の前のラウールが語ろうとしている話の筋が、妙に一致しない違和感がある。もしかして……。
「……ルヴィア嬢は本当に美しい女性でした。きっと彼女の美しさがあれば、父親はグスタフの心を射止められると思ったのでしょうね。とっくに彼女の母親とは離縁していたはずなのに……ここぞとばかりに、彼女を無理やりロンバルディアに連れてきたのです。そして、その横暴が実を結び……見事、父親の思惑通りにルヴィア嬢はグスタフに花嫁として選ばれてしまいました。それからというもの、彼女の意思とは関係なく婚姻の準備が着々と進められていったのです」
「そんな事があったのですね。……私、てっきり……」
「あぁ、グスタフからすれば俺の横槍だった、という話も嘘ではないでしょう。何せ、彼女を攫うようにグリード宛に依頼があったなんて事は……どう頑張っても、公表されることではありませんから。それに、俺自身も彼女に惹かれている部分があったのも事実です。ですけど……最初から、彼女とは一緒に暮らせないのも分かっていました。どんなに望んでも、彼女はあくまで、ターゲット。依頼主でもあった、お祖父様の元にしっかりと送り届けてやらなければなりません。それに、俺はこの身ですからね。……普通の人間とは一緒になるなんて、絶対に叶わぬことだったのです」
どこか悲しそうに、だけど……どこか安心したように、そんな事を呟くラウール。そのちょっとした暴露に、胸の痞えが僅かに解けるのを感じては……それと同時に、キャロルは自分の間抜けさがおかしくなる。
「なんだ……そういう事だったのですか。フフフ……私ったら、馬鹿みたい……」
「おや、君の何が馬鹿みたいなのですか?」
「内緒。……今まで意地悪された分、ラウールさんには私の方から意地悪する事に決めたんです。だから……内緒にします」
「あっ! ズルイですよ、キャロル。俺の方はちゃんと、答えたではありませんか。代わりに君の方も教えてくれても、いいのでは?」
絶対にイヤです。
口を窄めながら、答えてみれば……キャロルの口元からは、クスクスと笑いが止まらない。そんな彼女の様子に、何かを仕方なしに諦めたらしい。それ以上の追求はさっさと諦めると、午後の予定を彼女に提案してみるラウール。
「まぁ、いいでしょう。折角、こうしてブランローゼの家宝で髪留めを仕立てたのです。早速、この小包を出しに行ってしまいましょ。それで……午後はオペラでも観に行きませんか? この間、マリオンさんが出演する舞台を見つけましてね。店の方はどうせ、お客様も来ないでしょうし。ソーニャも一緒に、ちょっとお出かけも悪くないでしょう。こんなに晴れた日に、埃っぽい店に引き篭るのもつまらない」
珍しく前向きな提案に、2つ返事で賛成すると……早速、ソーニャを呼びに2階に駆け上がるキャロル。
あの後のブランローゼの処遇は未だに、宙ぶらりんのまま。それでも新しい世界を一緒に見ましょうという、ルビーとサファイアの約束を満たすためにも。これからは行く先々、いろんな所へ彼女達を無闇に連れ出すのも……悪くない。
【おまけ・ルビーについて】
こちらもあまりに有名すぎて作者の出る幕、皆無な気がしますが……やっぱり、一応の様式美で呟かせていただきますと。
モース硬度はサファイアと同じく、大凡9。
サファイアの段では赤いコランダムがルビーと呼ばれると、かなり乱暴な要らぬ豆知識をひけらかしたりしましたが……。
赤と一言に言っても、実際にその色味は様々でして。
同じルビーでも色味によって呼称や等級が異なり、中でも「ピジョンブラッド」と呼ばれる真っ赤なルビーは産地も限られる最高級品とされます。
その鮮やかな色味はクロムの豊富な含有量によるものですが、黒ずみの原因になる鉄分の量が少ないとより、綺麗な赤が維持されるみたいです。
また、生々しい名称に違わず、独特の照りと粘りも特徴なんですけど……どうして、鳩の血なんでしょうね。
というか、何も血じゃなくてもよかったんじゃ……。
ちょっと不気味すぎやしませんか。
まぁ……作者の感傷はどこまでも、どうでもいい事ですね。すみません。
きっと、最高級品にはそれなりにインパクトのある名称がくっつくのは常、という事なのでしょう。
血という犠牲を連想させる2つ名は希少性を示す上でも、持ってこいだったのかも知れません。
【参考作品】
特になし。
転換期を書いたつもりの部分なので、他作品を引用していると、思うような展開にできなかったのであります。




