白を染めるブラッディ・ルビー(21)
焼けつくような痛みと、体の一部がなくなったという喪失感の中で足を引きずりながら、どこまでも続くと錯覚してしまう白亜の廊下。行き着く先も、行く当ても分からない。それでも……グスタフは何かを諦められないまま、重い足取りを止めることもない。そんな罪人の僅かに残った視界の中に怪しく浮かぶ、紫色の虹彩。見覚えのある色味に、やや戦慄するものの。もしかしたら、僅かばかりの慈悲を与えにきてくれたのかと、縋るように歩み寄るが。どうやら……それはどこまでも、希望的観測に基づく人違いだったらしい。
「……あぁ、イノセントは最期をきちんと迎える事はできませんでしたか。……本当に残念ですねぇ。折角、あなたのお父上に最高のおもちゃを提供したのに。この結末では、あまりに物足りない」
「あ、なた……は?」
「あぁ、失礼。私は……アダムズ・ワーズ。先ほどまであなたが対峙していた、アレキサンドライトの生みの親です」
「あれきさんどらいと……?」
「おや、ご存知ない? あの怪盗はアレキサンドライトのカケラと呼ばれる、特殊な存在。中でも……完成品と名高い、最高傑作でしてね。複数核を持ち合わせる母親から生み出されたその身は、どんな宝石でも取り込んで、武器として扱うことができるのです。とは言え……まぁ、あなたのように普通の生身の人間からしたら、化け物以外の何物でもないでしょうが」
突如現れた、初老の怪人。薄ぼんやりと視界に映る笑顔に、どこか底知れないものを感じるが……今は彼に縋るのがいいだろうか。なぜなら、その名前にはグスタフも心当たりがあるのだから。
「……ちち、うえに、知恵と永遠の命を……与えた、研究者……」
「そうですよ。おやおや……グリードの事はご存知なかったのに、私めの事はご存知だったのですね。でしたらば、話は早い。……あなたの体はもう、使い物にならないでしょうし……いかがです? この際、私のところで新しい道を模索するのも、悪くないと思いませんか?」
新しい道? その言葉に、僅かな違和感を感じはするが……このままでは命どころか、矜持すらも持ち直せない。何よりも高貴で高潔なブランローゼの当主の散り際がこれでは、先代達に顔向けもできないではないか。そこまで考えると……グスタフは既に痛みさえにも慣れきった体を精一杯支えながら、了承の頷きを示す。思いの外、力強いグスタフの反応に満足げに頷きを返すアダムズの背後から、彼の合図に従うように数名の従者が現れた。どこから湧いたのかさえ、分からないながらにも……彼らに身を預け、貰ったキャンディを口に含めば、痛みはすぐに燻っていく。片や、従順な青年貴族の様子に満足げに髭を捻りながら……素直さには敬意を表しましょうと、アダムズがもう1つの安心材料を彼に与え始めた。
「あぁ、そうそう。あなたの失われた右腕ですが。……次にお目覚めになるまでには、代わりの腕をくっつけておいて差し上げましょうね。大丈夫ですよ。何せ……それはロンバルディア最強と名高い、鋼鉄のヴィクトワール様とお揃いの逸品ですので。きっと、新しい体と一緒に腕も気に入ってもらえる事でしょう」
馴染むのに、それなりに時間はかかりますけどね。アダムズの最後の一言は、薄れゆく意識と朦朧とした自我と一緒に途切れる。いずれにしても……次に目覚める時には、もう少しばかり状況が上向いていればそれでいい。最後の最後まで自分に牙を剥いたクリムゾンと、憎たらしい恋敵の面影に復讐心だけを残しながら。グスタフは泡沫の揺り籠に全てを委ねていった。




